性悪女の誕生
21、性悪女の誕生
「タイ、来て!助けて!」
悲鳴に近い声をあげると、タイが息を切らして部屋に戻ってきた。ハンモックから落ちそうになっている私を冷静に抱き上げるとそっと床に下ろす。
なにかぬるっとしたものに手が触れた。見るとハンモックの下には血だまりが出来ていて、違和感を感じた私の股間は血でぬれていた。
まっとうな分娩ではないことは一目瞭然だ。
「早すぎないか?」
青ざめるタイの言いたいことはよくわかる。
「ビイちゃんが出たいって言ってる。もう止められない」
私のお腹の中では、すでに羊膜の一部がひきちぎられて、血混じりの破水が起きている。
「寒い、寒い」
今まで湯たんぽのようにおなかに抱えていた羊水がなくなって、寒さにがたがたと震える私をタイが火のそばに連れて行き、傍らのペットボトルから温まった水を口に含ませてくれた。
「タイ見て」
どんな状態なのか見てもらうほかなさそうだ。気絶したら、死んじゃうかも。
あの夜のようにジーパンを脱がされた。また新たな身震いが起こって、いっそう震えが大きくなる。
閉じそうになる足を歯を食いしばり意志の力で開かせる。タイが足の間に入って様子を見ているが、血まみれでよくわからないというので、水で洗わせた。顔をそむけた瞬間の彼の顔は、蒼白だった。
「しっかりして!蹴っ飛ばすよ!」
喉仏を上下に動かし嗚咽を漏らす。
「手が……手が出てる」
そう言うとすごいスピードで這い、離れたところで嘔吐していた。
うーんそれは私もちょっと怖い。
だけど。
「タイ早く済まして手伝ってよ!」
口元を手でぬぐいながら、とぼとぼと戻ってくる。おじいちゃんみたいに。
私の脇に来てしゃがみこんだ。
「なにしたらいいの?」
「手を引っ張って……私のじゃない!こっちの!頭が引っ掛かってんのよ」
股間のほうを指差すと、口がひきつった。
「気が遠くなりそう」
「じゃあ、見ないで、ただ『それ』を引っ張って。大丈夫だから」
のろのろと移動して足の間に正座をして、うす目で見ている。
「いいから早く!」
タイが手を伸ばすと、ひっと息を飲んだ。
「指つかまれた」
私の膝に置かれた彼の手に力が入り、ヒザ小僧を掴んだ。
ビイちゃんも必死なんだ。
「そのままでいいからひっぱってえ!」
私もお腹に力を入れる。
この場にいる3人が力を合わせて。いないはずの彼女をいることにするために。
「早くしてえ!」
なんだこれいたあーーーーい!
タイがしたことなんて、痛い部類に入んないほどの激痛だった。もう二度と赤ん坊なんて産まない。作るようなこともしない。あまりの痛さにそう心に誓った。後はもう無我夢中で……
「でてくるぞ!」
そう言った後、何かがずるりとでる感覚がして私の体がふわりと浮かんだ。
痛みが消えて浮遊する感覚に目を開けると青い空と、白い雲が見えた。無重力を感じながら辺りを見回す。
……下に、私の下に3人の姿があった。タイと、その手に血まみれの赤ん坊、そして荒い息の女。
左の足先のない女。
それは私の顔じゃない。
認識があっているならば、そこに横たわるのは私、ミヤのはず。
でもそれは知らない女の顔だった。
「誰?」
大量の出血で、だらしなく開いた足の間の白い砂を赤く染め、青ざめた顔を空に向け呆けたように横たわる。しゃっくりのように続ける呼吸も間遠になって目が見開いたまま活動をとめた。その体から、無機質な透明な物体がふわりと浮かんでくる。クリスタルのように重厚で透明だけど、ビニールのようにしなやか。その時遠くに現れた黒い渦が見えた。
物体は私の正面に来て、満足そうに……なんていうのか……ほほ笑んだ?
「次の次元へ行くのよ」
聞いたことのない思いが頭に響いた。そして渦に向かって飛んで行った。
私、死んじゃったのかしら?死後の世界ってこういうもの?
バカバカしい。
浮遊していた私は何かに引っ張られる。
彼らが遠ざかり小さくなっていこうとする。タイが抱えた血まみれの赤ん坊が、私を見て口端を上げて小さく手を振った。
なにか圧力を感じて上を見上げると、黒い雲が集まって渦が出来つつある。まだ未完成の渦の中心には何も見えない。
いやちがう、暗黒が…………見える。
浮遊する私は出来かけの渦に向かって引き寄せられていく。
これは、言わばこの世界と他の世界をつなぐワームホールなんだ。いやごみ箱か!?
もっと勉強しとけばよかった、教授の授業にもっと出たかった!
すべての元凶になったビイちゃんを恨んだ。
血だらけの赤ん坊。抱かれているタイよりも頭の回る嫌な奴。タイに私を犯させて。自分の生と引き換えに私の心をズタズタにした!
そもそも私の頭に入り込むのを防げなかったのが、私の敗因なんだ。
「?……ちょっと待ってあたしにもできるかしら?」
ビイちゃんにできたんなら私にできたっておかしくないわよね。
生まれたての小さい体に想いを寄せる。
あの時勝手に入ったんだから、私も入れなさいよ!怒りにまかせて小さい頭に入り込もうとする。ビイちゃんの抵抗はとても弱くて、お腹から這い出すのがよっぽど大変だったと見える。小さな頭に入りこむと頭上の渦が消滅した。
口を開けてばか面さらし渦を見ていたタイは、ビイちゃんが私に抵抗して身じろぎしたのに反応して手の中の赤ん坊に目を向けた。泣きもせず、声を上げるでもないその赤ん坊を嫌そうに見つめる。血だらけの大人びた赤ん坊がすかして目を合わせたら嫌かもしれない。
タイはのろのろと立ち上がると海に向かい血を洗い流した。
私はと言えば、不思議な場所にいた。




