家紋
20、家紋
今までそれに気づかなかったのは、彼がシャツを脱げば私は目をそらしていたし、袖をまくっても見えない微妙な位置。タイの腕に彫りこまれた入れ墨は、タイの家の家紋。タイの家は古くからある家柄でさかのぼれば武士に行きつくらしい。
「剣三ツ星っていうんだけど」
そう自慢げに言われても、と思うけれど古い家柄と言うのはやはり自慢なんだろう。
「その家紋は、タイだけのもの?」
ヨーロッパの紋章は、個人のもの。組み合わせでいろんな意味があって、一つの学問として確立するくらいたくさんの種類があるけれど、世の中に二つと同じものはない。
「いや、オレだけじゃないよ。ウチだけでもない、他の家でも使うだろう」
「そう」
ならばあれはタイじゃない。人がケガをして浜に横たわっているときに、同時に島の反対側で死んでいることはない。
ははは…………
何を考えているのか、おかしいったらない。未だ無意識に手をジーパンにこすりつけながらうすら笑いを浮かべるほかなかった。
その夜私は部屋につったハンモックに、彼は外のハンモックに揺られていた。
お腹に手をのせて彼女のことを考えてうとうととする。今では波の音が子守歌代わり。
「エイちゃんあそぼ」
夢の中では乳児の私とそっくりなビイちゃんが体にまとわりついてくる。タオル地のロンパースは肌に柔らかくてふわふわしている。だあだあ、ぐうぐうと言葉にならない声を発して、その目が語っているのは喜び。伸ばした私の手もまさに乳児のそれで、その小さな手をビイちゃんに巻きつける。顔を見合わせて2人で笑う。何がおかしいのかわかんないけど、双子の特権。
ふたりで居られる安心感。
翌日も幸せな夢を見ようと眠りに就く。
つかまり立ちはお互いの肩で。モグラたたきのように交互に立ちあがっていたけれど、向かい合ってせーので立ち上がると、まわりで見ていた大人たちがきゃあきゃあと喜ぶ。カメラだビデオだのを向けて自分の目で見てないけれど顔は笑ってる。私たちのちょっとした動きで嬉しそうで騒がしくて、ビイちゃんと目を合わせて思うことは一緒。
「簡単だね」
まだ歩けはしないからスクワットしてるだけなんだけども、それでも嬉しんだね。
ふと大きな影が覆いかぶさってタバコ臭い息がかかる。太い腕に2人同時に持ち上げられて、ひとりづつ腕の中に抱えられる。満面の笑みを浮かべて顔を寄せるお父さんのほっぺはザラザラの無精ひげ。
シャッターチャンスとばかりにカメラが向けられる。泣きだす私たちに、おなかを抱えて笑うお母さん。
私たちが両親を結び付けているのは分かっていたけれど。絵にかいたような幸福な家族の図。
そうなってもおかしくなかったんだね。運動のために朝の海辺を歩きながら、少し膨らんだお腹をさする。
毎日が常夏で、働かなくても勝手になってるフルーツを適当にもいでいれば死にはしない。今は食欲がないから水を飲むので精いっぱいだけど。
タイがフルーツをつぶして吐かないくらいに薄くしたジュースを作ってくれる。
それを飲んで、だらりとハンモックに揺られるさまはまるでだらしなく脱ぎ捨てられた服のよう。気持ち悪さを感じながら、だるさと眠さで一日中夢を見る。
手をつないで足を忍ばせて二階へ上がる。お母さんはキッチンでごはんの支度をしているから大丈夫。一番奥の部屋の真っ白な扉をそっと開けると海のように大きなベッドがある。
(ちょっと、それは大げさね)
シーツにしわ一つなくスプリングのきいた両親のベッドはあがっちゃダメだといわれても、ほんの少しだけなら大丈夫。なんたって誘惑が強すぎてあらがえない。ようやく登れるくらいに大きくなった双子はお互いを助け合ってベッドの上によじ登る。
きれいに整えられたシーツの上で手を取り合って跳ねる、跳ねる。
ベッドのきしむ音を聞きつけて母親が笑いながら入ってきた。ダメでしょといいながら、ベッドの上で捕まえた二人を胸に抱きしめたまま自分もベッドの上でバウンドする。三人分の笑いは部屋中にあふれる。久しぶりにこの寝室に響いた笑い声。
窓にかかったレースが風に揺られて、優しい日差しの差しこむ部屋で。
ようやく食欲が出てきた。大きくなったおなかは、もう引き返すことができなくなったってこと。驚くタイを横目にこれでもかと果物を口に運び彼の分まで平らげて、違う意味で大きくなったおなかをさすって見せる。
成長したビイちゃんの力はとても強くて、最近気にいらないことがあるとすぐにおなかを蹴るんだ。ちょっとわがままなんじゃないの?
そう思ったらほら、蹴っ飛ばしてる。
なだめるようにお腹をさすり、ごめんねと謝ると静かになった。
「今日はどんなお話だろう?」
ビイちゃんの寝物語にわくわくしてハンモックに揺られる。あたたかい幸福の夢。目をつぶるとそこには……
おもちゃを取り合う私たち。モデルみたいな女の子の人形をお互いに話そうとはしない。私がお姫様の格好にして髪もとかしたのに。
「はなして!」
「はなして!」
思いっきり引っ張ると手足がもげてばらばらになった。
「あーあ」
「あーあ」
ビイちゃんは腕を放り投げるとお母さんのところに泣きながら駆けてった。私は落ちてる腕を拾って壊れたところをじっと見る。なんだ、はめてあるだけなんだ。簡単簡単。
腕も足もギュッと差し込むと元通り。
「見てー」
ビイちゃんに治ったよと見せに行った。きっと笑って仲直り。
キッチンでおかあさんに抱っこされて泣いてるビイちゃんに人形を差し出した。
「痛いの治ったよ!」
「まあ、上手にできたのね。いい子」
お母さんが私をほめるとビイちゃんは元に戻んないんじゃないかってくらいのしかめっ面。
人形をビイちゃんに渡すと、ビイちゃんはまた足をもいだんだ。せっかく治ったのに。
「ビイちゃんの意地悪!」
満足そうに右手に胴体を左手に足を持って笑っている。それを見て私は階段を駆け上がる。
お母さんの抱っこはビイちゃんのもの。
「ビイちゃんはコアラみたいね」
とお母さんは笑う。
私が飛び級をして大学に入るといってた頃、ビイちゃんも学校に行けるよってお母さん言ってたけど、ビイちゃんはそのまま幼稚園にいたいって。
お母さんが私の大学についてくるといったから、かな?
「おかあさん、私ひとりでも大丈夫だよ。先生たちもいるし」
ある意味私も研究対象のひとりだった。幼児の発達について研究しているおばあちゃん先生が保護者役を買って出ていてくれた。
「でも……」
躊躇するお母さんの腕の中にはビイちゃんがいる。
「おばあちゃん先生やさしいもん。お母さんこっちいたほうがいいよ」
わかった風な口を聞くこまっしゃくれた子だね。自分でもそう思うけど……
とたんに泣きだすビイちゃん。あやすお母さんの後ろで私に向かって舌を出す。
楽しかったはずの書きかえられた記憶が、今また認識を新たにする。
嘘八百。
違和感で目が覚めるとお腹がぼこぼこと波打っていた。慌ててなだめようとしたけれど、まだぴんとは張り切っていないお腹の皮膚は平たいゴムのように伸縮してその痛みは下腹部を襲う。
「痛い、痛いよビイちゃん」
力任せに蹴っているだけじゃなさそう。ハンモックから降りようとしてバランスを崩した。
くるっとひっくり返るハンモックをつかみ必死にぶら下がる。
「痛い!助けて!」




