ビイちゃん
19、ビイちゃん
最近夢の登場人物が一人増えた。最近思いだした双子の姉。まだお母さんのおなかの中にいるときに思考を共有してた、小さい姉。
幼いころはよく会話をしてた。お母さんは想像の友達だって笑ってたけど違うの。本当にビイちゃんの思考は私の中にあって話しをしてた。ビイちゃんの興味は自分が外に出る方法。私がおもちゃで遊びたくても、私を説き伏せてお父さんの書斎に連れて行った。そこで山ほどの本を読んだ。お父さんは書斎らしくするためにアクセサリーとして買い集めた本を読まなかったけど、私とビイちゃんは全部読んでしまった。
辞典も辞書も、古典文学も経済学の本も。そしてビイちゃんの病気について集めた本も。
「まだ治せないんだって」
『そうみたいね』
「このままでいいじゃない。ビイちゃんと一緒で楽しいよ」
『あたしが良くないの。エイちゃんもっと違う本読もう』
あたしは本棚を見回した。
「でもさ、全部読んじゃったよ」
『ほんとに?』
「したらさインターネットにしよう」
『うん、何が書いてある?』
「いろいろあるよ」
私たちは医学の文献なんかを読み漁った。中にはSFのようなのもあったけど。質問があればキーボードをたたいた。それには嘘かほんとかたくさんの回答が返ってきたし、面白い話もあった。そのうち、私たちは質問魔として有名になる。
3歳の質問魔が現れたとネット上で評判になった。ほとんどの人は信じていないで、私たちはただ面白がってたけど、そのうちお父さんにばれちゃったんだ。
「どうしよう、怒られちゃう」
『しょうがないよ』
直接お仕置きをされないからビイちゃんはヘイチャラだ。
「ビイちゃんのせいだよ」
『エイちゃんが消し忘れるからでしょ』
だけど怒られないで私は大学に行くことになった。そのころからビイちゃんは話しかけてこなくなって、私もいつの間にか忘れちゃってた。
どうして忘れちゃってたんだろ?
そして最近話しかけてくるのは、
「ビイちゃん?」
最近無意識にお腹をなでている。そしてそれをタイが見ている。
お互い何も言わないけれど、変な緊張感がある。この後どうするかはまだ考えていなくて、18歳で赤ちゃんを産むなんてどうかしてるとも思う。かといって人殺しはできない。
ビイちゃんが先天性の遺伝子異常だとわかってあの学説を持ち出したのはお父さん。プリントアウトした論文を本棚に隠したのは間違いだった。
双子になった受精卵は結構な確率で、片方が消失する。弱いから消えるのか強いから残るのか。強いほうが弱いほうを吸収するなんておっかない話も書いてあった。生まれて成長してから腫瘍を取り出したら双子の片割れの一部だったという例もあると。
その論文はお母さんも私もビイちゃんも傷つけた。
そのせいで両親は不仲なままだし。私は自分を許せないまま。ビイちゃんは……わからないけど。
崖から落ちたせいでそんなことを思い出してしまったんだ。
そうか私がこの子を産むことで償いが出来るなら、この胸の痛みが少しでも小さくなるならそうしたい。
そうだね、ビイちゃん。
決断したことで晴れ晴れとした心持になっていた。あとはなるようになればいい。どうせここで死ぬのなら、体面は必要ないし。
そうときまればさっさと彼に話してしまおう。妊娠してるとなればああいうことをする気も失せるだろうし。
タイを探すと泉にいた。一心に冷たい水を浴びる彼は、修行僧のようだった。
じゃまをしては悪いかと、浜のほうへもどろうとしたときだった。
「ミヤ」
真剣な声で呼びとめられた。頭から冷たいしずくをたらして私を見ている。私はゆっくり振りかえる。
「なに」
「……もしかして、赤ちゃんができたのか?」
まっすぐに聞いてくる彼に私も真剣だった。
「そう。お腹に赤ちゃんがいる。出来るなら無事に産めるように協力してほしい」
「それはもちろん協力する。オレが聞きたいのは……」
言い淀む彼に言った。
「そうタイの子供(でも全部じゃない)」
「ごめん」
いきなり座って頭を下げる彼に驚いた。
「なにしてるの」
いつまでも頭を上げない彼に腹が立った。覚えてないとはいえ、強要されて痛い目にあったのに。
「いまさら謝ったってしょうがないじゃない!」
「オレあんなことして、ミヤの前にいられる立場じゃないのに。あのときのことは目の前に靄がかかったみたいで、あんまり覚えてないんだ」
「あのときって……私をレイプしたって意識があるの?!」
苦しそうな顔してうなずく彼にちっとも憐みの情など浮かばない。
「私がどんな思いで今までいたのか、わかる?!」
彼のシャツの襟足をつかんで引っ張った。私の頭の中では遠くにすっ飛んで行ったのだが、現実はくたびれたシャツが破けただけだった。
「これから、子供を産むのに協力してもらうから。それ以外では干渉しないで」
タイに触れた手をジーンズでぬぐいながら、そう言い置いて颯爽と去るつもりだった。けれどあるものを目にして歩みが止まった。
たっぷり1分程記憶との相違点を探す。それでも、同一のものとしか思えなくて。
「その刺青は?」
破れたシャツから覗く腕に前にみた紋章がある。
怪訝そうに顔を上げたタイは、私が凝視する先、自分の腕を見た。
「これは、うちの家紋」
「そう……」
あの日、海に沈んで行ったはずの。




