タイどこ?
16、タイどこ?
夜中。時計がないから何時だかわからないけど、私の感じでは眠りについてから3時間くらいだろうか。タイがいない。
夜は物音がしたり、薪を足すために数回外に出るが、間もなく帰ってくる。今もそうかと思ったんだけど、帰ってこない。目を閉じたまま、横になって気配を探す。波の音、風の音、葉がすれる音、薪のはぜる音。
暗闇は時間感覚を失わせる。
私は起きだして、松葉杖をついて火のそばへ向かった。温暖なこの島では、暖をとるというよりは、安心を得るという意味で火をつけっぱなしにしている。
見つけてもらうためか、それもあると自分をごまかしつつ、今ではもう諦めているのじゃないかと思っている。ビーコンの赤いLEDが消えた時にもう帰れないと考えた。そして期待すまいとも。
ぼんやりと炎の踊る様子を見ながら、遠くなった前世を思い出す。
ある結婚式で物理の教授と知り合った。彼の専門は宇宙物理学で銀河系の構造を研究していた。物腰のやわらかい、笑顔がかわいいおじいさんで、素人の私の稚拙な質問にわかりやすく答えてくれた。
こんな私を気に入ってくれて、なかなかとれないので有名な講義を、聴講していいよと気軽に言ってくれた。そして友人になり聴講した内容と、先生の本を読んで、話をしようとしたら……
先生が亡くなった。脳梗塞だった。その素晴らしい頭脳は、活動をとめた。まだまだひらめきが隠されていたはずなのに。
天の川の伝説が大好きで集めていた先生。その天の川を天の川として見せているものは何かと研究を続けた先生。
今でも空を見上げれば天の川は流れている。その両脇には織姫と牽牛がいる。またはヘラが怒っているかも。そしてその真ん中で先生が笑っているかも。
なんて、どんどんロマンチストになる私。こんな幽霊島での妄想は危険?!
久しぶりに降るような星空を見上げた。
やっぱりなんとも言えなく嬉しい気持ちになるなあ。ドキドキわくわくして仕方ない。
目をつむってじゃまな髪をさらわせようと風に顔を向けた。
陸風がかすかに声を運んでくる。タイと……女の人?なぜか母親に似ているような。
耳を澄ませても内容まではわからなくて、いらいらする。何か口論しているようにも聞こえるのだが。
立ちあがり、松葉杖で声のするほうへ歩き始める。砂を踏みしめ、泉を通り過ぎてヤシの木の向こうにタイがいた。
「そんなことできないよ」
砂の上に片膝立てて座っている。その目はうつろながらんどうで何も写していない。口をぶつぶつと動かして、あれひとり?
まるで腹話術をしているかのよう。さらにはタイその人が腹話術の人形のように見える。
「タイ?」
恐る恐る話しかけてみた。
うつろな目が見開かれる。
「なにしてるの?」
焦点の合わない目が私を探す。
「ああ、驚いた。ちょっと眠れなくて、な」
「……そうなんだ」
「探しに来てくれたのか。ごめんな」
立ち上がりなんとか表情を作ると近づいてきた。その手はぎこちなく私にのばされた。頬に触れた時、なんとなく気持ち悪いものを感じた。妙に冷たい。
私の様子を試すように凝視している。時がとまったように感じて、目をそらすことが出来ずに見つめ合った。
波の砕ける音がひときわ大きく聞こえてきた。
「帰るか」
「うん」
その夜見た夢は、怖くて素晴らしいものだった。
素晴らしい?いいや、ただ怖いだけのものだった!
新月の下、私が襲われる夢、この島で。暗闇の中襲われる私の中にもう一人の私。それを喜んで受け入れる私がいた。
今この時そんなことはちっとも求めてないけれど、頭が混乱する。もう一人の私?
そんなことあるわけない。
翌朝、眠れないまま起きだした。タイもとっくに外にいて、海に入っていた。
「タイ、どうしたの。何か気になることでもある?」
「いや……どうだろう?」
歯切れの悪い返事をする。目の周りは真っ黒なクマが縁取り、頬はこけている。
「眠れないの?」
「大丈夫だ」
「でも」
「何でもないって言ってるだろう!」
突然怒鳴る声に思考が止まる。
「無理、しないで」
そう言ってタイを残して部屋に戻った。
なにかがおかしい。この島に残ってもいいとまで言ってた彼が、感情をコントロール出来てない。
私も少し前は感情が暴れてたけど、ちょっと違う。




