黒い渦
15、黒い渦
風呂が完成し、一部屋だけの家に軒をつけて、その下に料理をするスペースを作りつけにすると生活に一定のリズムが生まれ出した。
タイのケガは本人いわく治ったということで、島のあちらこちらに行っているよう。私も知らない果実や種、芋、野草なんかを採ってくる。魚は相変わらず小さくて、大きくなるのを待つつもりで釣りは止めてしまった。
目が覚めて、朝食をとり収穫と生産活動をして、疲れた体を風呂で癒し、夕食をとると屋根のある場所でお互いの寝物語に耳を傾けつつ心地よく眠りにつく。
「タイは前世は何の仕事してたの?」
「保険会社で企業相手の営業してた」
おかしなもので事故より前の話は前世と呼ぶようになっていた。
「営業かあ、そんな傷だらけの怖い顔でよくできたね」
「なんだろな。かなり契約はとったし、空手の大会に出るんでも、有給取るのに文句言われたことはないな」
「神童って言われるのはどういう気分だ?」
「ん~別に、普通」
「テレビで見たことあるけど、新聞とかのっちゃうんだろ?」
「まあね、でも小さい頃の話だし、今じゃ特定の事柄では私よりできる人なんてざらにいるし」
「日本にいなくてよかったよな。いじめとかひどいぞ、陰湿だし」
「いじめ?たぶんあったよ。あたしが気づいてないだけで」
あたし鈍感なんだよね。人に言われた嫌味とか気づかないの。外見的なこと言われても気にしてなかったから『そうですよ』って。得な性格かもね。
「それに学校では同級生が年上すぎてあまり相手にされなかったからね。15歳離れてるんだよ!」
「オレともそのくらい離れてるな」
「そう、14歳の年の差は私にはあまり意味がない。かえって60台以上の人のほうが話してて楽しかったな」
「精神年齢が高すぎるんだな」
呆れた顔して寝ようと目をつむる。
もう、私たちの間に体の関係はない。たったの一度きりだ。私はもうするつもりはないし。
そうして不思議で穏やかな時が流れた。
しかし、生活の基盤が整うと、余計なことを考え始める。
近代の発達は犬に負うところが大きいという説がある。四六時中外敵による危機感を感じていた人間が、犬が夜の番をしてくれたことで安心して眠れ、心と体に余裕が生まれた。その余裕を、あらゆる興味に注いだんだ。それを文化として共有しあって人間の世界を作り出した。
面白いよね。
私たちの興味はあの渦に向かって行った。
渦の発生には決まったパターンはない。場所も時も選ばずにランダムに出没する。その出現する時間は約1分。
どうにも不思議なのは現れた時の状態がまちまちで、生成途中、完成系の状態が突然現れる。その辺意味わかんないんだけど。
そして何かをはきだして消える。
その何かがわからないんだ。今まではっきり見えたのは羽のようなものがひらひらと落ちてきたとき。風に吹かれて島のほうに飛んできたんだけど、途中で海に落ちて漂っていた。こっちに来ないかなと思ってたんだけど結局夜のうちに消えていた。そのほかのものは大体海に落ちてしぶきを上げて終わり。
「なにが落ちてるんだろうな?」
「想像もつかないね」
新たな日課。朝、私はタイに背負われて山頂に出勤する。タイは収穫に出かけ、私は島の周囲を見張る。これなら、島の大部分を把握できる。新たな研究対象は不思議な渦。今のところ発表する場はないけれど。
山頂で観察するようになって発見したことは、高度もいろいろあるようだということ。
ある日、タイがやってきたときに渦ができたことがあった。その渦は、ごく普通の渦で、生成途中にふっと現れ、ここからではごく小さくて判別のしにくい何かをはきだして消えた。その何かはやはりしぶきをあげて海に落下した。
「普通だなあ」
と、隣を見ると顔色の悪いタイが変な顔で私を見ていた。
「お前恐ろしくないのか?」
「は?」
「はじめて見た時は、ぶるぶる震えてたくせに」
「ああ」
そうだった。でも研究していくうちに怖くなくなった。と言うよりは慣れたかな?そういうもんじゃない?
「何もしないよ」
「そうだけど、気持ち悪いじゃん」
「自分の目で見た物は信じなきゃ。タイも言ってたよ」
「そうだけど」
変な顔したまま、また島のどこかに消えていった。
最近タイと一緒にいない。私は渦に魅せられている。興味の対照が渦。
今ので山頂で見た渦は43個目。平均すると、日に2回の計算。現れる場所は8対2で北側が多い。
43回の内何もださなったか、見えなかったのが3回。一回は羽のようなもの。残りは不明の物を落としていった。
なにか理由があるのか。偶然なのか。
もっと近くで見てみたい。
せめてノートが一冊あればいいのに。
こうやって研究してると、周りが見えなくなるのは私の欠点。タカシも無視してよく怒られてた。気づかないんだからしょうがないんだけど。




