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記憶の穴

13、記憶の穴



 一度開けられた穴を再び埋めようとするのは大変なことで、夢にでてくるそれはなかなかに耐えがたいものだった。


 母のおなかにいた時の記憶をおとなになっても持ってる人はいると思う。私もそうだったが、たいての人は膨大な長期記憶の中、タグのつけ忘れで検索からもれているのだと思う。

 私は今回の事故で意識を失う中、長期記憶が再びタグ付けされてとてもクリアになった。


 思い出したくないことが、実にたくさんあった。




 暗い闇、温かくて、ふわっと浮いて少し窮屈。ようやく動かせるようになった手と足が隣の彼女に当たる。

 透けるまぶたはぼんやりと彼女を浮かび上がらせ、私の腕くらいの大きさで、懸命に生きているのを哀れに思う。なんとかしてやりたいと思うけれど、どうにもしがたい。同じ構造で生きてるはずなのに彼女はなかなか大きくなれないのだ。


 思う。

 どうしたらいいかしら?

 彼女も考えているのがわかる。

 どうしたらいいとおもう?


 時折外界から声が聞こえる。

「おはようございます」

「おはよう。調子はどうだい?」

「この子たちは元気いっぱい……」


 大きな音と小さな音。お母さんと呼ばれる人と、お父さんと呼ばれる人。

 たいていこの二人の音。

 鼻歌も、ため息も、私たちに音を聞かせるため?


「ドクター、どうでしょう?」

「うん、エイちゃんは順調に成長しているよ。ただビイちゃんは……もうこのままかもしれない。詳しい検査をしてみないことには、正確なことは言えないけれど」

「その場合はどうするのでしょう」

「健康なエイちゃんに影響があるといけないから、手術をすることになる」

「ひどい」

 私たち、ちゃんと聞いてるよ。ビイちゃんもまだ大きくなりたいって。思いっきり足を動かした。


「エイちゃん、エイちゃん、大きくなるにはどうしたらいいの?」

「わかんない」

「あたしこのままじゃむりやりそとにだされちゃう」

「あたしけっとばしてダメだよっていってるんだけど、つうじないの」


「ビイちゃん、だいじょうぶ?」

 ぼんやりとしている彼女に何回も話しかけるけど、返事が少なくなってきた。


 あたしはどんどん大きくなって、ビイちゃんは全然変わらない。こんなのないよ。そんなつもりじゃないのに。ビイちゃんも大きくなってよ!

「くるしいの、なにもかんがえられなくなっていくのが」

 久しぶりに語りかけるビイちゃんはほんとに苦しそう。

「がんばって!」

「エイちゃん、それちょうだい」

 異様に大きい頭についた目を見開く。体はとても小さいのに、頭だけはあたしと同じ大きさなんだもん。ビイちゃんがあたしの中に無理やり入ろうとする。

「それだけおおきくなったんだから、あたしがはいるすきぐらいあるでしょ?」


「ダメだってば」


 小さなビイちゃんの手が、あたしの鼻をつかむ。抵抗はできるけど、手では防げない何かが私の中に入り込んだ。


「エイちゃんげんきだね、あたしとぜんぜんちがう」

 頭の中から声がする。

「ビイちゃん、どこからこえするの?」

「エイちゃんのなかだよ」

「やだ、もどって」

「もうむり」

 せせら笑うビイちゃん。


「もうじかんだもん」


 外界がにわかに騒がしくなる。その時ぎゅーっと体が締め付けられた。


 痛い。苦しい。

「ビイちゃんこれなに?」

「これから外にでるんだよ」

「いやだよそんなの」

「きいてなかったの?でるしかないの、外には楽しいことがたくさんあるはず」


 私はエイちゃんの中から見ているから。いつか外に出るときを夢見て。

「やだ、外に行きたくない。このままじゃ、私の中にビイちゃんがいる……」




 柵の中でビイちゃんを見ていた。彼女は母の腕に抱かれて泣いているようで、ほんとはそうじゃない。あれは抜けがら。

 本当のビイちゃんはあたしの頭の中にいる。



 私はおもちゃで遊びたかったけど、ビイちゃんは自分を観察したり、外に出る方法を探していた。

 そのうち私も本を読むことが、物を知ることが楽しくなって自分の知識にするんだけど、どちらのものと言うことはなかった。お互いがお互いを利用して、倍のスピードで理解を深めている。


 でも外に出る方法はわからないままビイちゃんの抜け殻は朽ちていった。

 それと時を同じくして、ビイちゃんの意識が私に語りかけることもなくなった。


 必要のない記憶は薄れていく。

 思い出したくない記憶のタグをはずして。



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