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逃げられない

12、逃げられない


 タイがけがをして治りかけたところに、私がけがをした。


 帰りたいと思っていくら念じても願いは聞き入れられないままで、がんばってた心が悲鳴を上げ始めた。2人で並んで夕陽を見ながら泣きごとを言う私をいつでもタイが励ましてくれる。


「タイ、私たちずっとこのままかな?」

「大丈夫、きっと帰れるから」



 今の私には夜の星はまぶしすぎて見られない。2人で一つのハンモックに揺られて私はタイの胸の中で眠る。

 昼は砂浜で寄せては返す波を見て過ごす。そうして夕焼けを見て、またハンモックで眠る。


 私は一体どうしちゃったんだろう?

 小さい時からがんばってがんばって、たくさん勉強して医者にも、弁護士にも大学の先生にもなりたいものになれるのに、私はそんなものには興味がなくて、ただ自分の知識欲だけを満たしてきた。

 周りの皆がすごいといって近寄ってきても傲慢な私を見て離れて行った。友人ができないとますます勉強にのめりこむ。

 20種類の言葉が話せて、いろんな博士号を取って。数式も好きだし、生物も好きだし鉱物も好きだし宇宙も楽しい。

 そして今はただボーっとしている。なににも興味が持てないまま。


 そしてまた眠りに就く。


 タイが作ってくれた松葉杖はどうにも不格好だけれど、実用には差し支えない。ただ体重のかけ方を間違えるとひっくり返るという代物だけど。

 傷は癒えたはずなのに、私が左足の親指が痛いと言うと、タイがさすってくれる。でもいくらさすってくれても、治まることはない。

 だって、幻肢痛だから。


 崖から落ちた時、左足の足首が粉砕されていた。それと背中を強打していて、しばらく気絶していた。 気絶じゃないか、意識不明?もちろん私は覚えてなくて、意識を回復した時には浜辺に近い林の中で、そばには私を覗き込むタイがいて、涙目で私を見ていた。

「気がついてよかった」

 ほっと安堵の表情を浮かべるタイに、気を使わせちゃいけないと思って起きようとしたら、背中の痛みで動けなかった。

 後から聞けば丸二日意識を失っていたらしい。時折口に注がれる水を無意識に飲むだけで、食物は口にしていない。声を出そうにも、呼吸もままならなくては話せない。

 精いっぱいの小声で、自分の状態を説明させて、まわらない頭で必死に考えた。ケガを見慣れてるはずのタイが足首だけはよくないという。

 見よう見まねで足首を固定して、試しに以前集めておいた漢方で湿布をしてみたが腫れがひかないらしい。

 私には見えないし、身体を少しでも動かすと痛いので寝返りすら打てないありさまだ。


 1週間安静を保ったら、背中の痛みがうすれ、上体が動かせるようになってきた。そこで認識したのが足首の痛み。すでにつま先の感覚がない。

 タイに手伝ってもらって、身体を横にしたままくの字に曲げ診てみると、足首から先は紫色になりひどい腫れようだった。指示しながら指先でつつかせる。


「もう手遅れだ」

「どうした?」

「血が止まってる。このまま、腐ってく。早く切らないと」

 薬も、手術器具も、何もないこの島で、手製の斧と火だけはある。それとタイがいる。もうそれでいい。


 タイに手順を説明して、復唱させる。

 なにより大事なのは、はじめたら後戻りはできないということ。私が叫ぼうが、気絶しようが手をとめたらそれで終わり。さよならだ。そこだけは、何度も言い聞かせた。

 タイが吐きたくなったら、我慢するか、でなきゃさっさと済ませる。

 時間、時間。いったんはじめたら時間との勝負。


 そうして、左足のすねから先を切断した。


 その際当然のように気絶した私は、赤い痛みに覆われて、意識がもうろうとして、記憶があちこちに飛んでいる。一番古い記憶はベビーベッドの柵の隙間からみたもう一人の赤ん坊の顔。そしてタイの指にはまったあの紫水晶の指輪まで。

 走馬灯でも、臨死体験でも何でもいいが、おとなしくしていてほしかった。封じた記憶が心をえぐる。

 うつろな心をかかえたままで考える。

 すべては夢でこの後目が覚めるんだ。ふかふかの真っ白なシーツがかかったベッドで。ガーデニアの香りをかぎながら、起こしに来たタカシに笑って言うの。

「悪い夢みちゃった」


「大丈夫か?」

 安堵と心配がないまぜになった表情で覗き込むのは……

 体中にできた傷は治っても、心に開いた穴はふさがらない。


 


「ミヤ、そろそろ家でも作ろうか?」

「タイがそうしたいなら」


 ようやく起き上がれるようになったある日、タイがそう言って床を高くした家を作り始めた。床の上には、敷物を敷いて、壁も屋根もあるからスコールでも濡れない家。

 砂に描いた設計図はまるで宮殿のようだったけど、実現したのはほんの一部。と言うか、一部屋。

 それも、ぐらぐらしていて、両脇に挟んだ松葉杖でバランスを取りながら、柱に手を伸ばす。

「私が思いっきり押したら倒れそう」

「そんなことないさ」

 タイはひげが生えてもさもさの顔で笑う。幸せそうに。それを見て私も笑う。

 事故の前のことは夢のようで、タカシのこともぼんやりと思いだすくらいになっていった。


 そんな風になんとなく日は流れて、私の短かった髪も伸びて一つに結べるようになったころ。またあれが現れた。

 黒い雲の渦巻きが。

 タイにしがみついて見ていた。タイは私に見せまいと私を抱きしめて顔を胸にうずめようとする。でも、見たい。目が離せない。


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