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第5話 国、または星?

 ピッ…ピッ…ピッ…

 風月が眠っている周辺では、数人の研究員がせわしなく歩き回っていた。そこからガラスを一枚、隔てた先には真依と男の人が喧嘩をしている。






 意識が戻った瞬間、俺がまず見たのは女の人の顔だった。

 天井が妙に近くて、背中が冷たい。手首に冷たい金属が食い込んでいる。体を起こそうとしたが、両手が左右に伸ばして固定されていて動かない。足も、膝の上で何かで縛られているらしい。

 ……拘束されてるな。視界の端に、黒い服を着た男が立っているのが見えた。持っている銃の、その銃口がこちらに向けられている。


「意識はありますか?」


「え、まああるけど…」


「自我あり、会話可能。意識はクリアです」


 俺が返事をすると、その女性研究員は毎回無線でどこかに状態を伝える。


「何か変わったことはありますか?」


「いや変わったことも何も、なぜ俺は拘束されているんだ。早く解いてくれ」


「それはできませんこちらの命令を無視して動いた場合、発砲許可が出されているのでお気をつけください」


「は?俺は何もしていない。それなのになんだこれは…説明してくれ。出なければこっちも納得できない」


 俺が研究員に不服を訴えていると、この部屋に響く声で、何者かが話しかけてきた。


「それは、私がします。皆さん、お引き取り願います」


「ですが、彼は…」


 研究員と特殊部隊員は明らかに動揺した様子を見せていたが、それをその声の持ち主は一蹴した。


「聞こえなかったのですか?お引き取り願います」


「………承知しました。」


 その声に答えるように、俺の周りからは人が消えていった。その代わりに、見覚えのある人が俺の近くに駆け寄る。


「風月…!よかった、何もされていない…!」


「姉さん、どうしてここに…というか、俺はなんでこんなことになってるんだ?」


「いい、説明するからよく聞いて…」


 姉さんから聞いた事の顛末はこうだ。




 俺が気絶した後とてもひどい症状だった俺を、姉さんはまず治療してくれた。その間に、残響の侵食は少しずつ縮小していったという。

 ただ完全に消えたわけではなく、中心部が消えたことで、数週間もすれば自然に消えるだろうとのことだ。姉さんは、そこを謎に強調していた。

 問題は、あの衝撃波だった。あれだけの威力が発生した以上、周囲の人間が気づかないはずがない。

 姉さんは街と人々を守るために魔術で何とか食い止めようとしたが完全に防ぎきれず、街の一部に被害が出てしまったらしい。

 その結果、行政が本格的に動き出し、俺は気絶したまま連行されたという。そしてさっきの部屋に響いた声は、姉さんが魔術で変声して騙したものだった。



「役所の人たちは残響が出たことを受けて、国と連絡を取ってるみたい。それと同時に、あんたのことも研究対象にしようとしてるわ」


「……研究?」


「ええ。あれだけの衝撃波を出して、自分は耐えた。しかも残響を一気に弱体化させた。この星系であれほどのことができる人は指を折って数えられるほどしかいない今、カズはこの星のなかでもかなり危険な存在として見られているのよ」


 俺は言葉を失った。


「だから……逃げた方がいいわ。このままここにいると、本当に一生外に出られなくなるかもしれない」


 俺は姉さんの言葉に頷きかけたそのとき——部屋のアナウンスから、先ほど姉さんが騙すときに使ったあの男の声が響いた。


「眞衣さん………何をしている?」


「何って…みたらわかるでしょ?私の弟を救出してるのよ」


「弟…?貴様、何をしているかわかっているのか?」


「面白い。あなたこそ、自分が何をやっているかわかっているの?私の家族に危害を加えるなんて…相当、覚悟が決まっているようね。学会のこと?それならこっちから願いだわ。いつでもあんなところ、抜けてやる。これでどう?まだ何かある?」


 こういうときの姉さんは本当に心強い。姉さんの弟でよかったと、本気で思う。アナウンスの向こうで、男が小さく舌打ちするような音が聞こえた。


「……いいだろう。では、力ずくで連れ戻してもらう」


 その言葉と同時に、部屋の外から複数の足音と、金属がぶつかり合う音が響いた。明らかに武装した人間が集まってきている。

 姉さんは小さく息を吐くと、俺の拘束具に手を当てた。指先から淡い光が広がり、手錠が軋むような音を立て始める。


「カズ、動ける?」


「なんとか……」


「なら、立つ準備を……これから、少し荒くなるから」


 姉さんの声に、いつもの余裕が消えていた。彼女は俺の拘束具を完全に解きながら、部屋の入り口の方を睨むように見つめている。

 ドアの向こうから、低い声で指示を飛ばす音が聞こえてきた。明らかに、こちらを強制的に押さえつける準備を進めているようだ。

 姉さんは片手を軽く掲げた。指の間に、細い光の糸が何本も浮かび上がる。


「……本気でやる気みたいね」


 その瞬間、ドアの向こうで何かが大きく軋んだ。特殊部隊が強引に扉を開けようとしているらしい。姉さんの目が細くなったのがわかった。


「カズ、少し後ろに下がってて。まだ痛いでしょう」


「いや、俺も戦える……大丈夫だ…」


 姉さんの指先から光が一気に広がり、部屋の中に薄い膜のようなものが張られ始めた。明らかに戦闘準備だ。俺は思わず息を飲んだ。

 このままでは、本当に戦闘になってしまう——。そのときだった。部屋のアナウンスが、再び鳴った。

 ハッキングされたようなノイズ混じりの音ののちに、さっきとは明らかに違う、もっと重みのある声が響く。


『……全員、行動を停止せよ』


 その声に、部屋の外の動きが一瞬で止まった。


『これより、眞衣氏と風月氏の身柄を解放する。施設内の全人員は、2人に危害を加えることを一切禁ずる』


 アナウンスの向こうで、誰かが慌てたような声を上げているのが聞こえた。姉さんは光を消し、眉を寄せて天井を見上げた。


「……何事?」


 新しい声が、淡々と続いた。


『さらに、眞衣氏と風月氏は、即刻首都へお越しいただきたい。これより彼ら2人を、星都へと連れてゆく」


 部屋の内外が、静まり返った。姉さんは小さく息を吐き、俺の方を振り返った。姉さんの表情には、わずかな警戒と、戸惑いが混じっていた。


「……国が動いたみたいね」


「これ……助かった、ってこと…?」


「そう簡単な話じゃないわよ。国が直接私に働きかけてきたということは、それだけ重大になっているってことだもの…」


「それじゃあ、俺が対応しようとした残響以外でも問題が発生したと言うことか…?」


「いや、おそらくそんな生ぬるいものじゃない。国がこんなに急に動くんだから、それ以上の何かが起こっているはずだよ」

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