第3話 ねこと夜更かし
姉さんが帰ってきたのは、夕方の六時半を少し過ぎた頃だった。ドアにつけておいた鈴の音で、その帰宅に気がつく。
「帰ったよ〜!ふう、疲れた…」
「あれ、意外と早い…ちょっと待って、後少しで出来上がるから」
俺はキッチンで、姉さんの好物であるブリュレを作りながら顔を上げる。姉さんはとても意気揚々とした様子で、カウンターに座って話しかけてきた。
「なんだか思ったより早く回せたのよね。学会が工事をしているところを調べたら、今は一つしか動いていなかったらしいの…それで、その原因はなんだと思う?」
俺は作ったブリュレとお茶を姉さんの前に出し、隣に座って食べ始めた。うん、上手いし美味い。
「もしかして、そこも残響の…」
「そうなのよ。最近、街のどこに行っても静かに思えたのはそのせいかもね。だから、街の行政の方からも直々にお願いしてきた…まあ私はそんな堅苦しいのは嫌いだし、拒否しちゃったけど」
姉さんはスプーンですくって一口食べると、満足げに頷いた。
「う〜ん!やっぱり、カズが作るこれは美味しい!外で食べても、こんな味はなかなか出ないのよ?」
「褒めすぎだよ。小さい頃、他にやることがなかっただけだよ」
「それにしても、ここまでのものは作れないわよ。自信を持っていいわ」
まあ、確かに美味いのは絶対的事実だが…今後、カフェでも開いてみるのもいいかもしれない。
「そういえば、行くところ自体はどうだった?見つかった?」
「うん。工事現場の近くみたい。カズが言っていた通り、昼休みの時間に少しだけ見せてもらえることになったよ」
姉さんは少し考え込むようにスプーンを止めた。
「たしか、残響の侵食が頻発している場所って話よね。大丈夫かな…他の星にはこれほどに弱い残響なんてないから、余計に不安に…」
「大丈夫だよ、まずは様子を見るだけだし。何かあったら、それこそ姉さんの出番でしょ?」
俺が食器を片付けていると、後から姉さんが話しかけてきた。
「ねえカズ。今夜、一通り終わったら少し遊ばない?久しぶりに会ったんだから、少しくらいいいでしょ?」
「俺もそうしたかったんだけど悲しいことに、明日見事に予定が入っちゃったからな…」
「行く時間はお昼だし、別に良くない?今日くらい、夜更かししようよ!」
「姉さん、寝不足だったんじゃなかったの…?というか、実は俺も最近はよく寝れてないんだ。だから遊ぶのは明日にしよう。今日はもう寝たい」
「え〜、しょうがないな…それじゃあ明日、早く起きて遊ぼう!カズ、おやすみ〜」
「うん、いいね。おやすみ、姉さん。GoNi」
姉さんは吸い込まれるように自分の部屋に入っていった。やっぱり、眠かったんじゃないか…俺は少し時間を置いてから、姉さんの寝息を確認するために部屋をのぞいてみる。
静かな息遣いが聞こえてくる…完全に眠りについたようだ。俺は姉さんを起こさないようにそっと外に出て、屋上に上がって行った。
夜風が、少し肌を冷やした。俺はいつものように屋上の隅に置いてある皿に、少量の食べ物を入れる。
「来たよ、渡月」
俺が声を出すと、すぐに影に隠れていた野良猫が近づいてきて器用に食べ始めた。俺は壁にもたれかかるようにして、その猫の様子を見守る。
あれ?今日は満月のはずだったが、異様に暗い…そう思い見上げると、明るく輝いているはずの空はどこか白く濁っていた。雲が厚く広がっていて、月明かりがぼんやりとしか地面に届いていない。
渡月が俺の足元に体を擦りつけてきたので、軽く頭を撫でてやる。猫は目を細めて小さく喉を鳴らした。
俺は空を見上げたまま、その場に寝転がってみる。月は確かに存在しているのに、空全体がすっきりしない。雲の隙間からわずかに月光が漏れているものの、夜はどこかぼんやりとしていた。
「……はあ。なんなんだろうな…?」
俺も俺自身のことをよく知らないし、わからない…
そうこうして物思いに耽っている間に、だんだん街は冷えてきた。俺は屋上を後にして、再び店の中に入る。
毎日こんな夜更かししていて、姉さんのことを言えたもんじゃないな。明日、早めに起きれるかな…?
翌朝、朝日が差し込むかなり前に目が覚めた。やっぱり、きちんと寝られていなかった…
俺はキッチンに行き、ブラックコーヒーの作りおきを飲む。もうこの際、完徹目指して行ってみようかな?
「あら?誰かいるの…?」
電気をつけていない暗いキッチンで、後ろから突然声が響いた。
「うわっ!……ああ、びっくりした…」
「もう、こっちの方が驚くわよ…!急に人がいるんだもん」
暗闇に目が慣れてくると、姉さんがパジャマ姿のまま立っているのが見えた。
「え、なんで姉さんはこんな早くに起きてるの…?」
「それはこっちのセリフよ。カズ、あんた昨日全然寝れていないって言っていたじゃない」
「いや、なんか…目が覚めちゃって。姉さんはなんで?」
姉さんは少し困ったように顎に手を当てる。
「私もなんだか、目が覚めちゃって…。ねえ、2人とも起きてるんだし、約束通りゲームでもやらない?」
俺はコーヒーカップを置いて、姉さんの方を向いた。
「ゲーム?今から?」
「うん。せっかく2人とも起きてきちゃったんだし、軽くでいいから!」
どれだけ、俺とゲームがしたいんだ?そんなに熱中するものか…?俺は少し悩んでから、小さく頷いた。
「……まあ多分、間に合うか。どれで遊ぶ?」
「やったぁ!それじゃあ、少し待ってて。これとこれと、これと…」
あれ、これはもう一回寝ることが許されないルートか?明日の工事現場の訪問、大丈夫なのかな…?




