第2話 残響診察
俺は部屋に入ると本を召喚し、適当にページを開いていく。そこには、俺がこの店を開くために溜め込んだ知識がすべて記されているのだ。
そのページを一通り見ては、次のページに移る。それを何度か繰り返していると、お目当てのページに辿り着いた。
「『残響の歴史』…これ、何歳の時に書いたやつだ…?まだ、これ使えんのか…?」
姉さんによると小さい頃の俺は、今より一層記憶力がなかったらしい。忘れないようにするためには、何かとこうやって書き記しておかないといけなかった。
「なになに…?一旦洗って、その後に十四型?相当複雑なんだな、これは」
調律には、いろんな術がある。俺は小さい頃から拾ってくれた親同然の人の元で調律をしてきたから、なんとか体で覚えることができたが…
もう少し学ぶのが遅かったら、今持っている本を見ながらじゃないとできなかった可能性があると思うと…ゾッとするな。
俺は、本に記された通りに対処をする。すると、間も無くその工具に染み付いていた残響の侵食は消えていき、元の姿へと戻る…調律成功だ。
俺は部屋を出て、お客さんが待っているところへと向かう。見ると、相変わらずぐっすり寝ているお客と姉さんがいた。姉さんまで寝るのかい!
全く、呑気に寝るもんだ…まあ、それだけ疲れているってことか。俺は姉さんを抱き抱えて、自分の部屋のベッドに寝かせた。これで疲れをとってくれ…
再び店に戻ると、俺が立てたドアの音でお客さんは目覚めた。ずいぶんぐっすり寝ていたみたいで、まだ大きなあくびをしている。
「お客さん、出来たよ。ほら、これでいいか?」
「あ、ああ……どうもありがとう。僕はどれだけ眠っていた?」
「ざっと15分くらいかな…少し待たせちゃったね、ごめん。これが注文いただいた工具だ。修復、成功したよ」
「本当だ…ありがとう!これで、やっと仕事が再開できる!そうだ。代金は、どれくらいだ?」
「そのことなんけど…今回はいいから、代わりに…君たちの職場に少し行かせてもらいたい。もちろん許可が出たらでいいよ。少し見てみたいものがあるんだ」
「そういうことなら、許可をもらえるかは分からないですが…ぜひ!」
「それじゃあ、頼んだよ。まぁどちらにしろこっちも貴重な体験をさせてくれたから、今回のお代はなしでいいよ!」
「本当か…?!ありがとう!!上司からの返事もあったらすぐに知らせに来る。そこで申し訳ないんですが、もしかしたら明日明後日に乗ってしまうかもしれないのは…」
「大丈夫。最近は前より忙しいとはいえ、今もまだ暇な部類だから」
よし。これで、残響の侵食を調べるために形式上の理由ができた。あとは、姉さんが起きるだけだが…俺はそのお客さんを見送った後にもう一度俺の部屋に行ってみたが、相変わらず気持ちよさそうに寝ていた。もう少しだけ、放っておくか。
ーーー1日後。
夕方になって、姉さんはやっと目を覚ました。どれだけ寝不足だったらそんなに長い間寝られるんだ…?姉さんはまるで何事もなかったかのように起き上がり、大きく伸びをする。
「あーーー……よく寝た〜〜ぁ。弟よ、今何時だ…?」
「姉さんが寝始めてから1日と6時間。もう夕方だよ。」
「え、1日経ってるの…?え、なんで起こしてくれなかったの!」
「そりゃものすごいぐっすり寝てたから… 一気に1日も寝れるなんて、相当疲れてたでしょ。休みはきちんと取ったほうがいいよ、例え魔術で紛らわせることができたとしても」
「ぐぬぬ……ごもっともです……」
「まぁ、それはそうとして。姉さんが1番気になってるのは、あの工具を持ってきた人の『残響の侵食』でしょ?それなら安心して。うまいこと言って、現地に行く許可をもらってきて欲しいってお願いしておいたから。多分今日か明日、明後日には返事が来るんじゃないかな?」
「すごい…よく考えていることがわかったね。さすが私の弟!」
姉さんは笑顔をこっちに向けてくる。その笑顔は、何人の男性を壊していったのだろうか…?
「もしかしたらもうすぐに報告に来てくれるかもしれないし、俺はまだ店を出しとくよ。姉さんはどうする?泊まっていく?それならきちんとベッドとか出すけど」
「あ〜…、そうしようかな。学会が用意してくれたホテルでもいいんだけど、あそこじゃあ周りの目がうるさくて…正直、ここの方が落ち着いついていいんだよね」
「わかった。2階でいい?それならちょっと整理してくる」
「どこでもいいよ!」
それじゃあ、整理してきますか。久しぶりに2階を使うせいで、埃が心配だが…まあそこは姉さんお得意の魔術でなんとかしてくれるだろう。あとは、俺の紙にしまっている家具を出すだけだ。
俺はポケットから一枚の絵が描かれた紙を取り出し、それを俺の目の前へかかげる。その紙と現実との境界線がなくなると、その紙の中の世界が実体化していく…
さっきまであれだけ散らかっていた部屋は一瞬にして綺麗になった。ベッドなどの家具も急に現れる。
よし、こんなもんでいいだろう…
「姉さん!用意できたよ!!」
「えー!もう出来たのー!少し待っててー、今行くー!」
階段で転ぶ音が聞こえた数分後、姉さんがひょっこりと現れた。
「もしかして転んだ?大丈夫?」
「大丈夫。それより、私が泊まる部屋はここ?ほんと、あんたは私の好みがよくわかってるよね!完璧!ありがとう!」
姉さんは一目見ただけで興奮し始めていた。そりゃあ、高級そうなところに住まわされ続けてたんだからこうもなる。
「まあ、姉さんが教えてくれた魔術を使っただけなんだけど…」
「あれ、何か言った?」
「いや、なんでもない。……というかもしかして、今って一階に誰もいない?」
「………あ。そうなるね」
流石にないとは思いたいけど、奥の部屋に置いてあるあの棒だけは取られると終わる…俺は少し焦って、下に行く準備をする。
「それじゃあ、ゆっくりしていていいよ。俺はちょっと下に行ってる」
「えー…遊ぼうよ…」
「一応、俺は今も店を営業中だからね?20,30分に1人しか来ないからって、遊べるってわけじゃないんだ。遊ぶのは、また後で。」
俺はそう断って、店がある1階へと向かっていった。階段を降りて右に曲がると、俺の席の前に何やら人影が見える。まさか…本当に、強盗が来たか!
「あ、店長!先ほど工事長に聞いてみたところ、作業時間でなければいいって聞いてきたぞ!」
その強盗(?)は、元気な声でこっちに話しかけてきた。
「………なんだ昨日のお客さんか、よかった………ん、そういえば。君たちの作業時間っていつなんだ?それがわからない
「えーと…11:30から12:15までは休み時間なので、そこにきていただけたらいい!あとは7:30にその日の全体の作業が終わるんで、その後か…」
「わかった、ありがとう。それじゃあ早速、明日の昼に伺っていいかい?」
「了解した、伝えておくよ!それでは、また明日の昼に!」
「ああ、また。じゃあね。」
俺は彼が店のドアから出ていったところを見届けて気がついた。肝心の待ち合わせ場所を聞いてない…!
慌てて店を出て大通りを見てみるが、その時にはすでに彼は大通りの奥に消え去っていた。いやー、どうしよう。
「まいったな、俺としたことが…」
「何かあったの?」
暇だったからか、2階から降りてきた姉さんが問いかけてきた。そういえば、そろそろ夕飯だ。
「明日、あの残響の侵食が見られるところに行かせてもらうことになったんだけど…肝心のその場所を聞き忘れちゃった。近くにいたなら調律の力を使って彼の脳内を覗けばわかったんだけど、あいにく気がついた頃には彼はもうどこかへ行っていて…」
「あら。それってもちろん、私もいけるよね?」
「もちろん。」
「それなら、学会に調べて貰えばいいわ。ちょっと顔を出せば、大体の場所はすぐわかると思う」
「はは。これが、権力を持った人の生き方か…」
「人聞き悪いこと言わないでよね。ただ少し聞くだけ。それじゃあ、その件で私は少し出かけてくるから!」
そう言って、姉さんは俺にウィンクしてきた。俺はそれが訴える事を理解して、重い腰を上げる。
「わかったよ。姉さんの好物を作っておくよ」
「やったあ!愛してる、私の可愛い弟!」
「それ、直さない…?俺ももう、18歳だよ?」
「あら、照れちゃって。いつだってあなたは、私の可愛い弟よ?」
だめだこりゃ。この症状は、10年経っても直せそうにない。俺は姉さんが店から出て行ったのを見届けてから、キッチンへ向かって行った。




