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第1話  残響と調律

「俺は転生者である。記憶はまだない。どこから転生したのかとんと見当がつかぬ。何でも明るくて賑やかな所でオギャーオギャー泣いていた事だけは記憶している。あとは覚えてない。」


 まあ、それを経験した姉(当時6歳、現24歳)によると、産声がものすごいビブラートだったらしいんだが。え、俺は神に煽られているかも…


「カズ、最近はどうなの?ここは上手くやっていけてる?」


「おかげさまで。姉さんの名前があるから、どんどん人が入ってくるよ。むしろ対応が追いつかないくらい」


 姉さんは、星間魔導士だ。その名は、この星系に広く知れ渡っている。若くしてこれほどの人材はなかなかいないらしく、街で姉の名前を聞くたびに俺は少し恥ずかしくなる。


「私も、なんでここまで大きくなっちゃったのかよくわからないんだけどね…そうだ。昔ーーあんたは覚えてないかもしれないけどーー帰ろうとしたことがあるの、覚えてる?私が18歳の時、地球に帰ろうとしたこと」


「……なんか、そんなことがあったようななかったような…」


「そりゃあ、そうだわ。私のことを完璧に覚えていただけでも奇跡なのに、そんな昔のこと、覚えているわけがないか」


 俺はこの世界に来てから、記憶することがとても困難な人になっていた。姉曰く、8歳にこっちの世界に来るまでは勉強だか音楽だかで今の姉以上とも思える才能を発揮していたらしい。

 姉、眞衣(まい)は手の中に本を生み出し、俺に見せつけてくる。


「私たちが帰ろうとした、その時に使ったこの魔法!あっちのイガル星に行ったら手がかりが見つかったの!ここがこうで、こっちにすれば…行けるかもしれない!」


「生まれた時にいた世界か…想像もつかないな。正直俺はそんな知らない世界に身を投げるより、ここでゆったりと人生を過ごしたいかも…あと数十年も生きられるのに、もうここまで土台ができたんだ。あとは数年、このままうまく行って頑張れば、なんだってできるようになる」


「意外…両親に会いたくないの?私は会いたい。もう一度、ぎゅっと抱きしめ合いたい…」


「俺はその感動を体感したことがないんだよな…両親がどんな人かもわからない」


「それなら、一度会ってみない?そうすれば…」


「でもそのために、この生活を捨てるのか…?」


「……………そうなるわね」


「いや、ごめん。ちょっと熱くなりすぎた。そうだ、ちょうど前のお客さんから茶菓子もらったんだ。食べる?」


「それじゃあ、美味しくいただくわ………あら。そんなこと言ってたら、お客さんが来たんじゃない?」


 姉さんに言われて振り返ると、店の入り口には年老いたおばあちゃんが1人いた。ドアに手が届かず、少し慌てている様子を見せている。

 俺がドアを開けると、おばあちゃんは礼をいって中へ入っていった。


「あなたが……、ここの店主かい?」


 そのおばあちゃんは俺を素通りして、姉さんの方に話しかけた。


「え、私?違う違う。店主はそこのお兄さんだよ」


「店主なら僕ですけど、何かありましたか?」


 それを聞いたおばあちゃんは、絵に描いたような驚き様でこちらを見る。まあ、そりゃあそうか…いくらなんでも18歳のやつが店長なんて思いもしないだろう。


「君かい…?!ここの店主は」


「はい。そうですけど…」


「随分と、若いんだねぇ……あ、そうだ。何をしに来たか、忘れてしまうところだったよ。これ、これを直してくれたのも、君かい?」


 そう言って、おばあちゃんはリュックから洋服を取りだした。それは一切の欠陥もなく、作りたてのような輝きを放っている。


「そうだったはず…です。数日前に若い男性がこれを持ってきてくださったので、調律の力で直しました。たしか……なんだっけ?」


「『残響の侵食』。なんで私が覚えていて、カズが覚えていないのよ?」


「しょうがないだろ、生まれつきみたいなものなんだから。そう、その服には『残響の侵食』が見られたので…」


「ありがとう、本当に感謝するわ。このお洋服は、先に逝ったおじいさまから貰った大切なものなんです…本当に、本当にありがとう…」


「いやいや、そんな…僕は、頼まれたことをやったまでですから。感謝を伝えるのは、持ってきてくれた息子?お孫?さんに言ってあげてください」


「息子も、いくつか回ったけどどこも直せなくて諦めかけていたところでここに助けられたと言っていましたよ。ここでほんのお礼です、どうぞ使ってくださいな


「そんな、大丈夫ですよ。言われた通りにやっただけ……」


「では、私はこれで。次、お世話になることがありましたら、またお願いします」


 おばあちゃんは、まるで俺がこれを突き返すのをわかっていたかのように、足早にここを離れた。静かになった店の中に、ドアが閉まったときの鈴の音が響く。


「新品同様にまで戻してあげたことは、言わなくてよかったの?あれ、地味に大変なんじゃない?」


「多分、前に来た男性の方は今のおばあちゃんの息子なんだ。何か、プレゼントをしたかったんだと思う。そんな時に『俺がもっとサービスしたよ』なんて言って雰囲気を壊すようなことはしたくない」


「ふーーん。優しいじゃん」


「よく言われるよ。特に姉さんにね」


「さて。それじゃあ、自他ともにその優しさが認められている渓凛璽(こうりんじ)風月さん。その優しさで、追加の茶菓子をもらってもいいですか?」


「……食べ切るの早すぎるよ…」


 姉さんはくすくすと笑いながら、俺から渡された茶菓子を器用に二つに割って片方を俺に押しつけてきた。


「いいじゃない。たまには姉さんと一緒に食べるのも悪くないでしょ? ほら、早く食べなさい。せっかく淹れたお茶が冷めちゃうわよ」


「……それをやったのも俺なんだけどな…まあいいや」


 俺は仕方なく受け取って、口に放り込んだ。甘くて少し酸味のある味がして、意外と美味い。姉さんは満足げに自分の分を頰張りながら、窓の外を眺めていた。


「ねえ、カズ。あなたにしか相談できないんだけど……ここ近辺の残響の侵食の情報、何か知ってることはない?」


「さっきのおばあちゃんの事以外は知らないけど…また学会で話題に上がったの?」


「ええ。あれに、この星系の人々は何百年もの間苦しめられている。それを治す方法は、いまだに見つかっていないのよ」


「……俺を除いて、か…」


「このままだったら、いずれカズは学会に見つかる。時間の問題よ。それまでにその力を公表するか、身を隠す場所を作るか…どちらを取るか、今のうちに覚悟しておいた方がいいと思うの」


 俺はその言葉がいずれ姉の口から出されるだろうということは予想していた。ただ、そう言われたとしても俺がしたいことは変わらない。


「ごめん、姉さん。俺はやっぱり、静かに過ごしたいな」


「………はあ、いいわ。だけど、そういう選択をするなら資料として学会に連行されることは覚悟しておいてね。どう足掻いても、私でさえそれは止められないもの」


「大丈夫だよ。もしそんなことがあっても、絶対に姉さんには悪影響を与えない」


「そういうことじゃなくて…」


 姉さんがそう言いかけると、再び店のドアが開けられる音がした。見ると、いかにも仕事をしていたというような姿の男性が仕事道具を持ってこっちに来る。


「すみません、店長さん。さっきまで使っていたら、急にこんなふうになっちゃって…」


「私は、ここの店の店員じゃないわよ?この子が店長です」


 本日2度目…やっぱり、すこし背が低いのはなんとかしたい。この姉さんが高身長だから身長が同じなのも相待って、子供みたいに見える。


「あ、失礼しました!そうとは知らずに…」


「大丈夫。それで、悪くなったのはこれ?」


「はい…今さっきまで使っていたんですけど、急に止まってしまって…同僚に、そういうことならここが一番いいと言われたので」


 こういう何気ない一言が、嬉しいんだよな。


「わかった。少し時間を……その間、そこの茶菓子でも食べて待っていてもらってもいいよ。ささ、仕事で疲れているだろうし、座って…」


「いいんですか?それでは、遠慮なく…」


 彼は疲れていたのか、背もたれに寄りかかると吸い込まれるように寝息を立て始めた。俺は流していた曲を変更し、静かな方に切り替える。

 その工具を眺めていた俺は、決定的な特徴に気がついた。


「カズ、これ…」


「うん。これも、『残響の侵食』だ」


「しかも、彼は今さっきこうなったって言っていたわね……ここの周辺に、残響の発生源があるのかしら?いずれにせよ、見ておいた方がいいわね。カズ、この後暇?」


「暇じゃないように見えるわけないでしょ………少なくとも、これを終わらせたら暇になる。ちょっと待ってて」


 俺はそう言って個室に入った。俺は本を手に生み出し、詠唱を始める。

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