第25話 異星調査
パグロスは、紅かった。それ自体は確かに異常だ。あの星では、こんな光景になることはあり得ない。
だが俺には見覚えがあった。数ヶ月前、姉さんと藤原と共に大穴に落ちて残響の攻撃が頭に当たった時…あの時に幻覚か何かで見た、あの光景と酷似している。
そして何より気味が悪いのは、これほど異常な光景が広がっておきながら、襲いかかってくる残響の姿がどこにも見当たらないことだった。
「……危険な敵の反応は、今のところ検知出来ていないわね」
姉さんと将軍は警戒を解かないまま、周囲を見回している。
俺たちは、ここへ来る前に通信越しに曜玄将軍が用意してくれたこの星の電子地図を端末に表示させてみた。
辺りを測量してみたが、この地図となんら変わりはないようだ……俺たちはまず、残響への抵抗の痕跡や情報が残っていそうな、近くの街へと足を進めることにした。
十数分ほど歩き目的地である街に着くと、俺たちは早速立ち往生した。
かつて人々が生活していたであろう建造物の大半はその姿を残したまま、残響に深く侵食されていたのだ。
建物の壁面から柱の内部、路面の隙間に至るまで、まるで蔓の根のように残響の脈がへばりつき、そのまま固着している…そこから伸びてくる鋭い棘が、俺たちをその中へ寄せ付けない。
俺たちは将軍の大太刀でその無数の棘を切り裂き、少しずつ先へと進んでいった。
街の通りには、不気味な砂がどこまでも広がっていた。風が吹くたびに舞い上がり、残響に侵されている廃墟の隙間を通っていく。
「この規模の都市が、丸ごと残響に喰われてるのか……どれだけの規模の残響が一気に来たらこうなるんだ?」
「少なくとも上空から見た様子だと、星全体がこんな様子だったわ。あの星までこうなるとなるのは……必ず止めなきゃ」
俺たちはさらに奥へと進み、かつて防衛の要であったろう前線基地と思われる大型の施設に辿り着いた。
壊れた隙間から重厚な隔壁をくぐり抜け、崩れかけた内部に入る。俺と姉さん、そして将軍は手分けをして、施設内に残された遺物から少しでも多くの情報を集めることにした。
埃と砂が薄く積もる地下通路を一人で探索を進めていくと、俺はある部屋の前で足を止めた。そこの入り口のプレートには、本のマークが書いてあったからだ。
重い扉を押し開けると、そこには崩れかけた棚と、壁際に散乱している大量の書物があった。
俺は埃を払いながら拾い上げ、中をペラペラとめくってみる。そこには、兵器のような絵があった。
そして文字を見るにおそらく、数十、数百年前に使われていたもののようだが……ないよりは断然にいいだろう。
俺は連絡機器を使って、2人に連絡を取った。
「……姉さん、将軍。書物が大量に保管されている部屋を見つけた。見た感じだと、状態も悪くないと思う。この本たちから、何か分かるかもしれない」
「よくやったわ、カズ。それじゃあ、あらかじめ渡したストレージにどんどん保存しておいて。私はそれの解析を始めるから……曜玄、こっちにきて護衛をお願いできる?」
「わかった。どこにいるんだい?」
「入口から……確か、上、右、左、直進、左、上、右よ」
みんなが通信を切ったのを確認して、俺はデータの収集とストレージへの転送を始めた。
全ての転送を終えると、俺は姉さんが書物の解析を進めている間、さらに施設の奥へと足を進める。
絵に書いてあったあの砲塔。あれはやはり、何かに対抗するための兵器なのだろうか?どう見ても対空用だったことを考えると、残響の元凶は空からやってくるのか…?
俺はそんなことを考えながら地下通路を抜けて地上へ出る。開けた区画へと出た瞬間、目の前に巨大な影が立ち塞がった。
そこには、あの絵に描かれていた対空兵器があった。かつて、対抗の象徴だったであろう禍々しいほど巨大な砲身。だが、その砲塔は見るも無残な姿に変貌していた。
砲身の外側はもちろんのこと、内部の機構に至るまで、太い残響の結晶がその鉄を穿つように刺さり、内外から大きく侵食し尽くされていたのだ。
狙い撃つための兵器そのものが、残響の巣窟へと変えられている。
「……どうやったら、こんな大規模な残響が起きるんだ……?」
目の前の圧倒的な破壊と侵食の痕跡を見上げながら、俺は思わず呟いていた。
彼らもただ黙って滅びを受け入れたわけじゃない。これだけの兵器を構え、持ちうる限りの力で抗ったはずだ。
だがそれも虚しく、今となっては紅い世界へと変貌している…
「……カズ、解析が一区切りついたわ。一度合流しましょう」
端末から聞こえた姉さんの声にハッと正気に戻り、俺は大きく息を吐き出した。
「……分かったよ。すぐ戻る。入り口で待ち合わせでもいい?」
「ええ、待ってるわ」
俺は巨大な対空砲塔の影を後にして、二人が待つ入り口付近へと戻った。
合流すると、姉さんは画面に表示された複雑な幾何学模様と文字を操作しながら口を開く。
「持ち帰ってくれた書物だけど、ベースは新生アルカナ語で書かれていたわ。完全に解読するには時間を要するけれど、収穫として大きかったのは…1つ目に巨大砲塔の仕様データ。それから、曜玄が偶然回収してくれた、地表に出ている残響の中に封印されていた高密度の残響…おそらく私たちの星に出現している残響のサンプルね」
「これで、十分な情報が揃った…?」
「ううん、全くもってまだ足りないわ。もしこのサンプルからいろんなことがわかっても、この砲塔がなぜ対空目的で作られたのか……この前線基地のデータだけじゃ、細部までは見えてこない」
「では、他の都市にも行ってみることになるようだ」
「と言いたいところなんだけどね。カズ、1番近くにある他の街はどこにある?」
俺は電子地図を起動して、2人の前で確認した。数秒すると、狂気的な数字が生まれてくる。
「「100km以上離れているのか…?!」」
「ええ、それは確かな情報よ。カズが送ってくれた中に当時の人々が作った地図があったの。データを確認したら確かに、ここから一番近い都市でもゆうに100km以上離れているのがわかった。徒歩での探索は危険すぎる……というか、不可能ね」
「100km……そんなに?艦に戻って移動するのもリスクが高い…」
「ええ。だから一度、私たちのいる星へ戻りましょう。持ち帰ったデータを一旦専門の機関に引き渡して詳しく解析させておけばいいのよ。その間に私たちはもう一度この星へ来て、新しい都市も巡ればいいわ」
「……真依殿の言う通りだ。一度、引き揚げよう」
俺も、姉さんの意見に頷いた。3人は搭乗員に連絡して、離陸の準備を進める。
願わくばこの調査が、星に一筋の光をもたらしますように…




