第24話 文明の消え去ったふたつの星
「こちらで把握している過去の発生データのログをすべて送ることにする……ただし、無茶だけはしないでくれ」
「ありがとう…ございます。感謝するよ、将軍!」
俺は小さく、しかし強く拳をにぎる。これで、この星の残響を消し去る…!
姉さんは何か考え事をしているのか、頬に手を当てている…
曜玄将軍を形作っていた光がふっと消えたと同時に、姉さんの部屋がある2階から何やら電子音が聞こえた。
どうやら、曜玄将軍は仕事が早いみたいだ。
「……届いたわね」
姉さんはすぐさま2階へ赴き、作業机の前に腰を下ろして専用のゴーグルを装着した。送られたメッセージから生み出される膨大なデータを、種類ごとに分けていく。
いくつものウィンドウが姉さんの視線の先に展開され、過去の膨大な観測記録が目まぐるしい速度で流れていく…
それを俺は、固唾を飲んで見守っていた。なんだか緊張してくる。
「うーん……多すぎる。私がいない間に、これほどの侵食を受けたの?この様子だと、少し時間がかかりそうね。カズ、あなたは休んでいていいわよ」
「ううん。街の残響を見てくるよ。また少し乱れ始めてるみたいだから」
俺がそう言うと、姉さんは画面から目を離さないまま、小さく頷いた。
「無理はしないでね。体の具合が少しでも悪くなったら、すぐに戻りなさい」
「分かってる」
俺は上着を羽織り、静かに部屋を出た。
外の空気は澱んでいた。街の端、古い区画のあたりから不穏な残響の気配が立ち上っているのを感じる。
近頃は将軍の伝達も指揮棒も使わずに残響の有無、その場所がわかるようになってきた。
俺は自分の右手を固く握りしめた。数ヶ月前の数倍の大きさになり、今や手袋では隠しきれなくなろうとしているその紋様からは、しばしば不気味な鼓動が感じられる。
まるで、別の生命が生まれようとしているみたいに…
街に出没した残響の処理は、いつもの作業だった。その鋭く、蠢く異形を数体、右手から暴走が始まらないように最小限に抑えながら、手際よく片付けていく。
一通りの処理を終え、汗を拭いながら部屋へ戻ると、室内は静まり返っていた。姉さんに呼ばれたらしい将軍もいる。
姉さんは画面の前で微動だにせず、ただ険しい表情でひとつの解析結果を見つめていた。その横顔は、今まで見たことのない表情…困惑、憎しみ、悲しみ、後悔…色んな表情が詰まっているようだ。
「あら、おかえり……カズ」
「ただいま、姉さん………その様子じゃ、何かわかったの…?どうだった…?」
俺が尋ねると、姉さんは重い口を開き、画面の表示をこちらに向けた。
「結果が出たわ………かなり、最悪ね」
画面に表示されていたのは、今回この星の各所で発生している元凶を波形にして表したデータ。そして、それと対比するように並べられていたのは……
かつてこの星系に存在していたが残響によって崩壊し、死の星となった二つの星——「パグロス」と「ゲヘル」の途絶直前の記録データだった。
「曜玄から送られてきたこれまでの残響出現の記録と、私が学会からもらったデータを照らし合わせてみたの。そうしたら……」
姉さんの指先が画面を叩く。そこに浮かび上がった数値を見て、俺は息をのんだ。
一致率、82.163%……
「80%超え……?それじゃあ、この星はやっぱり……」
「ああ、風月の想像の通りだ。風月が今対応してきたその残響も、歳星殿のところで見られるようなものではない……過去にパグロスとゲヘルを丸ごと喰い潰し、星を亡骸へと変えた力と同じものが、今まさにこの星に確実に近づいてきている」
80%という数字の重みが、部屋の空気を押し潰した。かつて二つの星を滅ぼした厄災と同質のもの。
それがいま自分が暮らすこの街に迫っている。そしておそらく俺の右手の紋様も、その残響なのだろう。
「……現地に行って、直接情報を集めるしかないわね」
姉さんは静かに、しかし断固とした口調で言った。
「彼らがどう抗い、最終的にどうやって星ごと滅ぼされたのか。その痕跡とプロセス、そして確定情報を確かめない限り、この元凶の叩き方は定まらないわね」
「そうか……俺の調律じゃ、通じない可能性があるのか……」
戦うなら今度こそ、万全の状態で戦いたい。あの時、俺が狙われていたからまだ良かったが……姉さんが狙われていたら、確実に一突きで殺されていた。
そうならないためにも…!
目的地として選ばれたのは、崩壊した二つの星のうち、距離的に比較的近く、軌道が安定しているパグロスだった。
それから数日で、準備は素早く整えられた。残響対応の艦艇に乗り込み、俺たちはこの星の軌道を離れてパグロスへと向かう。
機内で数時間経った頃に艦艇は、パグロスの上空、静かな大気圏外に到着した。
ガラス越しに見下ろすそこは、一見すると死んだ星には見えなかった。色は違えど、連なる山々、深く刻まれた水の痕、広大な森……
それらすべてが、かつてこの星が生きていたことを物語っている。
そして地表に近づくにつれ、色が変わっている原因が見えてきた。
建物の壁面も、干上がった川の土手も、立ち枯れた樹木の一本一本に至るまで、すべてが残響でびっしりと覆尽くされている。
その、棘とも剣とも結晶ともいえる形の汚染は、昔の異星で破滅の限りを尽くしていたのだ。
「……形だけは、全部残っているのね」
姉さんが呟く。俺には、姉さんの真意が伝わった。なぜなら俺も、同じことを想像したからだ。
この姿が、未来のあの星の姿なのかもしれない…と。
「さあ、誰が先に降りて安全を確かめるかだけど……私が降りるわ」
姉さんは即座に言い切った。
「私の魔術なら、万が一地表の環境が狂気に満ちていてもすぐにここへ戻って来れる。カズ、あなたは右手の侵食が進んでいるんだから、真っ先に降りるなんて絶対に……」
「姉さん、それはダメだよ」
俺は首を横に振った。
「俺の右手は、もう残響と同化しかけている。だからこそ、もし地表の残響が強烈だったとしても、毒をもって毒を制せるかもしれない……この中で1番、残響に抗えるのは俺なんだ。それに、姉さんに何かあったら、誰がこの後の解析をしてくれるんだ?」
「でも……!」
「曜玄将軍は、どう思う?」
俺は後ろを振返ると、腕を組んで思案していた曜玄将軍が静かに口を開いた。
「……風月の言い分に一理ある。真依殿、あなたの頭脳はこの調査の要だ。真依殿が先陣を切って行動不能になれば、我々は途方にくれる……耐性を持つ可能性がある風月が先に降り、安全を確認してから私たちが降りる………理に適っているのは風月だ」
「曜玄まで……!」
「二対一だね、姉さん。大丈夫だよ。まずいと思ったらすぐに戻る。約束するから」
「……絶対に無理はしないで。異変を感じたら一秒で引き返しなさい。いいわね?」
「うん。分かってる」
最後まで心配そうに眉をひそめる姉さんに見送られ、俺は退艦用ハッチへ向かった。
ハッチがゆっくりと開く。パグロスの外気が隙間を通り、艦内に流れ込んでくる。俺はまず、右腕だけを外の空気に晒してみた。大気中に、じわりと右手を浸してみる。
……変化はない。右手の皮膚があの星と比べて熱いせいか軽く熱を持つ程度で、侵食が急激に始まると言った変化はなかった。
次に、左手を出してみる。ここからは、本当に気をつけてやらなければならない。下手をすると、命をなくす…
異変がないことを確認すると俺は息を呑み、一思いに右足を地面につけてみた。
身体中を見る…………侵食と見られるものはない。大丈夫なようだ。俺はガラス越しに見ていた姉さんにハンドサインを送る。すると、即座に姉さんは艦を飛び降りてこちらへ走ってきた。
「大丈夫、カズ…!!」
「……大丈夫そうだよ、姉さん。右手以外に侵食も見受けられないし、問題なさそう———え?」
自分の体に気を使うばかりで、気が付かなかった。
俺の周りは全て、紅に染まっていた。
艦内から見たあの茶色い世界はどこへやら………地も、雲も、空も、陽の光すらも、すべてが紅に塗り潰されている。
その狂気とも思える紅い光が降り注ぐことで、川も、樹木も、山々の影も、そして街々も、全てが地獄へと変貌を遂げていた。




