第23話 黄泉帰りⅡ
この星に降り立つと、いつものように花が出迎えてくれる。
ここは、他の将軍が統べる土地……歳星将軍の統べる星、太歳だ。
私は、道案内と言わんばかりに一本の道を作りながら咲いていく花々を見ながら、かつての景色を思い出していた。
迎えを待つ必要はなかった。この星に降り立ち、花の歓迎を受けた時点で、彼女が私の訪れに気づかないはずがない。
亜空間を使って一瞬でワープして宮殿へと入り、奥へと続く回廊を抜けると、そこには1人壁に貼られたいくつもの紙や地図を見ながら何かを呟いている人がいた。
「……久しぶりじゃない、真依!見ないうちにこんなに大きくなって…!」
「………」
「あら、どうしたの?抱きしめられるのが恥ずかしい年頃にでもなったのかしら?」
「……あのね、歳星。今回は昔話のために来たんじゃないの。お願いがあってきた」
「何、言ってみて。いくらでも助けになるわ……もしかして、あの風月くんのことかしら?」
さすがと言うべきか。彼女は一目で、私が抱える焦燥の根本を言い当ててみせた。私は静かに頷き、単刀直入に自らの望みを口にする。
「万が一に備えて、私とカズの複写転生を可能にしておきたい。かつて師から伝授されたあの技術を、もう一度私に復習させてほしいの」
「………真依は、もうあの時のことを忘れていたと思っていたわ。ずっと帰ってこないんだもの」
「忘れかけているから、こうしてここに来たのよ。カズの身近なところで起きている異変は、私にとっても未知の領域。残響の侵食がどこまで進んでいるのか、あの子がいつ事故を起こして死んでしまうのか、誰にも予測がつかない………もしもあの子の肉体が滅びそうになった時、あるいは私が命を落としそうになった時、絶対に手遅れにしたくないのよ」
私の言葉には、一ミリの迷いもなかった。弟を助ける。そんな願いが通じたのか、歳星は一瞬の沈黙の後に大きく頷いた。
「そういうことなら、任せなさい。姉弟子として、きっちりみっちり教えてあげる」
歳星将軍は静かに目を閉じ、深く息を吐き出す。しばしの沈黙の後、彼女はゆっくりと目を開き、立ち上がった。
「……ふう。相変わらず、弟のこととなると分別を失うわね。急に来て、結構びっくりしたのよ?」
「この地に降り立った瞬間、気がついたくせに」
「まあ、風月くんの持つ力と右手の異変については、私も気にかけていたところよ。真依のその覚悟も妥当と言えば妥当ね」
「……感謝するわ、歳星」
それから数ヶ月ほどは、私でも疲れて突っ伏す日々だった。
師の元で学んでいた頃の記憶を手繰り寄せながら、術式の全容を脳内で再構築していく。
複写転生の構築とは、単なる知識の暗記ではない。自らの記憶の一片、魂の揺らぎ一つに至るまでを精細にデータ化し、それを記録として刻み込むという途方もない作業………
わずかなミス、わずか一瞬の集中力の欠如が、そのまま転生先の魂の不可逆な破損へと繋がる。
覚悟はしていたが、人1人の複写転生がこれほど大変だとは…昔の自分がこれを容易にしていたと思うと、恐ろしい。
「真依、あんまり根詰めちゃダメよ?1人分ならまだしも、2人分は脳が焼き切れちゃうわ」
傍らで心配そうに言う歳星の声も、今の私には遠い。あの子が死ぬかもしれないもしかしたら、私が死ぬかもしれない。
どちらか片方なんて選べなかった。だから私は、迷わず2人分の複写転生が出来るように踏ん張っていた。
「……本当、弟のことになると加減を知らないんだから」
荒い息を吐く私を見て、歳星が少し強張った顔で笑う。これで、あの子へ繋がる二つの保険の土台はできた。しかし…
「やっぱり私のものはできても、カズのは作れない…土台ができるだけで、本人の記憶が無いから…?」
自分ではカズのことをよく知っているつもりでも、カズには程遠いのかもしれない。
むしろ自分の複写転生が可能になったことに驚いているくらいだ。
「そうね。完璧じゃないと、生まれるものはただの記憶の集合体…そんなものが生まれてしまったら、目も当てられない」
「ふぅ………ありがとう、歳星……………あの子の元へ帰るわ」
「ふふ。風月くんに余計な心配をかけちゃダメよ?」
「……ええ」
歳星に別れを告げ、数ヶ月ぶりにカズの待つ星へ足を進める。
カズに心配をかけずに、カズの複写転生を完遂する。これが、自分が彼にできる唯一の救いだ。




