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第21話 静まり返る我が家

 お風呂から上がり、部屋のベッドに横たわった俺は、天井を見つめたままなかなか眠れずにいた。

 右手が見えるように、顔の上に掲げてみる。姉さんに気が付かれたことでもはや隠す必要のなくなったその右手は、微かに熱を帯びている気がした。

   あの声は、一体なんだったんだ………?

 あの将軍が直接伝えてくれた病院でさえ、「今すぐには分からない」と言っているのだ。

 姉さんなら、何かわかるのかもしれないが…風呂場で知らない人の声が聞こえたなんて、姉さんにとってはただ弟がおかしくなっていっているだけにしか見えない。


「……姉さんには、絶対に言えないな」


 姉さん以外にしか、相談してはいけない。そうだとするなら、誰に相談したって答えなんて出るはずがなかった。


 俺は1人呟き、固く目を閉じる。余計な心配をかけたくない。俺が平気なフリをしていれば、このだんだんおかしくなっていっている日々に、いつも通りの日常を取り戻せるはずだ……

――だが、そんな俺の甘い考えを嗤うかのように、現実は容赦なく加速していった。






 それから数週間、あるいは数ヶ月。俺の日常は、留まることのない残響の討伐に追われていた。

 連日の出撃。倒しても倒しても、どこかから湧き出てくる異形たち。

 俺は目の前に迫る残響を相手に調律を行い、頭の中に時折響く声を必死に無視しながら調律の指揮棒(タクト)を振り続ける。


 姉さんが学会へと戻っていった後も、俺の残響を相手にする生活は続いていった。

 月日が経つにつれて、自らの身を案じて俺の店に近寄る人も減っていく……いつまで、続くんだろうか?






「元凶をやらなきゃいけない。そうしなければ、キリがない…!」


 俺はいつしか、そう思うようになっていた。

 そりゃあ、そうだ。物事が起きるには必ず、原因がある。それを取り除けばいいだけのこと。

 だが姉さんのいない今、それがどれだけ難しいことであるのかは、俺も将軍も理解していた。


「ああ。だが、風月も理解しているだろう。残響はいつ、どこで現れるか予想がつかない。法則性もない。故に、対症療法しかできないんだ」


 でも、それをやらなければ……俺はずっと、残響に文字通り侵食された生活を送らなければならなくなる。


「姉さんは?姉さんがいれば、多少は楽になるんじゃないか?」


「風月が言いたいことはわかる。だが、全てがそう上手くいくわけではないんだ。現に、真依殿は少し前に学会へと戻ってしまった」


「なら、呼び返せばいいだけだ…!」


「風月。真依殿にも、彼女なりの用事があるんだよ」


 そうだよ…その通りだ。将軍の言っていることは正しい。

 姉さんは、俺が普通の生活を取り戻すためにいるんじゃない。姉さんは、姉さんの人生を歩むためにいる。



 俺は結局、気まずい雰囲気のまま将軍のいる紫幸の間を去ることになった。

 自分でも、無茶なことを言っていることはわかる。ただのわがままだ。

 この道を歩むと決めたのは、俺なんだから。


「はぁ…」


 俺はガラスから、家の中が見えた。店を出していた頃の看板を見て、思わずため息が出る。

 お客さんがよく訪れてくれていた頃の面影が薄れていっている……

 俺の右手に起きた異変と、止まらない残響の被害。人が去り、活気を失いつつあるこの場所は、今の俺のようだ。

 暗くなった心のまま重い足取りで玄関の鍵を開け、暗い室内へ足を踏み入れる。


「……ただいま」


 返事など返ってくるはずもないのに、虚空に向かって呟く。電気もつけずに、奥にあるベッドに倒れ込もうとした——その時だった。


「おかえり、カズ」


 暗がりの中から、聞き慣れた温かい声が響いた。


「え…姉さん!?」


 勢いよく跳ね起きると、そこには荷物を脇に置いた姉さんが立っていた。

 照明がつけられて明るくなった部屋で、少し雰囲気の変わったような姉さんがそこにはいる。


「な、なんで…?学会にいってたから、しばらくは戻れないんじゃ……」


「用事がひと段落したから、戻ってきたのよ。それに……あんな顔で私を送り出しておいて、放っておけるわけないじゃない」


「あ……」


 姉さんは俺の元へ歩み寄ると、心配そうに俺の顔を覗き込んだ。そして、俺が薄い手袋をつけることで隠している右手に一瞬だけ視線を落とし、すぐに目を合わせる。


「カズ、あんた……顔色、すごく悪いわよ。ちゃんと食べてる? 無理してない?」


「いや……平気だよ。俺は大丈夫」


「ここには私しかいないの。嘘なんてつかなくていいわよ………私にできることなら、何でも手伝うから。一人で抱え込まないでね」



 将軍の言う通り、姉さんには姉さんの都合がある。迷惑をかけちゃいけない……

 そう自分に言い聞かせていたはずなのに。差し伸べられたその温かい手を、俺は振り払うことができなかった。


「俺……やっぱり元凶を叩きたい。姉さん、俺は残響の元凶を叩きたいんだ」


 俺の救援要請に、姉さんは一瞬驚いたような顔をしたが…すぐにいつもの優しい顔に戻った。


「……ええ、もちろんよ。カズがそう決めたなら、私も全力で手伝うわ」


「ありがとう……姉さん!」


 俺はすぐさま通信端末を取り出し、曜玄将軍への回線を開いた。ホログラムとして現れた将軍は俺の隣に並ぶ姉さんの姿を見てm驚きの表情を浮かべる。


『……風月…!真依殿も……!戻っていたのか』


「今さっき会ったんだ。将軍。俺はさっき言った通り、やっぱり元凶を探します。姉さんも協力してくれるって言ってくれた。俺たちで、残響の根本を突き止めます」


「……本気かい、風月。今この状況で残響の発生源を探るなど、地から雲をつかむようなものだ」


「このまま指をくわえて、発生する度に俺にも街にも被害が出ていくのを待つなんて、俺にはできない。手がかりなら、俺と姉さんで意地でも見つけ出してみせる」


「……分かった。そこまでの覚悟があるなら、私も止めはしないよ。こちらで把握している過去の発生データのログをすべて送ることにする……ただし、無茶だけはしないでくれ」


「ありがとう…ございます。感謝するよ、将軍!」


 通信が切れ、静寂が戻ったリビングで、俺は強く拳を握りしめた。

 これでいい。原因を潰せば、全部元通りになる。右手の異変も、頭の中の声も、去っていった街の人たちも、全部——。

 俺は横目で、隣に立つ姉さんを見た。姉さんは、何か考え事をしている。






 その目から不信と心配のにおいが消えることは、この先無かった。

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