第19話 広がる紋様
数日後の、とある昼時
俺は昼ご飯を作り終えて、姉さんにそれを伝えにいった。
俺が姉さんの部屋に入ると、姉さんは俺が図書館から持ってきたあの本を片手に機械を動かしている。
「姉さん、ご飯の準備ができたよ………ってなにそれ?!」
「ああ、これ?これは、まあ……別に危ないもんじゃないから気にしないで。それより、ご飯食べよう?今日は何を作ってくれたのかな〜」
見るからに複雑そうなのに、危険じゃないって……まあ、俺が触ったら尚更危険になりそうだ。姉さんが言っているんだし、大丈夫か。
俺はリビングに着くと、ラジオをかけ始めた。テレビはこの数日で壊れてしまったからな、しょうがない。
「テレビ、いつくらいに新しいものが来るのかしら。カズ、あんたのその力で直せたりしないの?」
「試したんだけど、どうも機械には通用しないみたいで。結構難しかった…」
「電子機器がない生活ってこんなに暇なのね。そうだ…ちょうど暇なんだし、2人で出かけない?」
「まあ、今日は休んでもいっか…わかった、午後からなら良いよ」
「ありがとう!………それはそうと、やっぱり映像がないと落ち着かないわね。あーあ、何かの手違いで、テレビ直らないかしら」
姉さんがそうつぶやいた直後、俺の目の前にホログラムが現れた。見事に机にめり込んでいる……そこを凝視しても、誰が来たかは充分わかる。
おそらく、将軍だろう。
「おや、まだ風月に連絡するつもりはなかったのだが……この機会だ、伝えてしまおう」
「こんにちは、将軍。今日はどんな用があるんですか?まさか、また…」
「察してもらっている通りだ。ここから21,123.1m先に、残響が現れた。食事中にすまないが、早急のその対処に当たってもらいたい。私は他所にも連絡する用事があるから、今はこれで切り上げさせてもらうよ。詳しくは、後から話そう」
「ちょっと、どっちの方向にあるのよ?曜玄?」
姉さんがいい終わる前に、将軍のホログラムは消えていった。おそらく、相当急いでいるんだろう。
「全く、1番重要なことを言わないで…どっちにいけばいいかわからないじゃない」
「それについてなら、俺に任せて。大丈夫、行く準備ができたら伝えて。対処するから」
「本当ね?任せたわよ。はーあ、面倒くさ………いや、そんなこと言っている場合じゃないわね。ほら、早く食べて!急ぐわよ!!」
「………姉さん。俺の目が、おかしいのか?」
それとも、将軍の情報が間違っているのか。
現場である市街地の広場に到着したものの、辺りは拍子抜けするほど賑やかだった。
残響なんてものは見当たらず、ただいつものように人々の声が響き渡っている。
「残響は、ここにあるんだよな…?」
「ええ。曜玄は、そうやって言っていたはず……ちょっと、確認してみるわね」
姉さんは眉をひそめ、通信端末を取り出して将軍に連絡して確認をとっている。
数分経って返事が帰ってきたが、答えは同じだったらしい。情報上では間違いなく、今この場所に残響が存在しているということだった。
来る時、調律の力を使って大まかな所在地を見たが、そのときにもここの周辺にあるはずということはわかっていた。となると、単純に俺たちが見つけられていないだけか…?
「ダメ。屋上から見ても、どこにもないわ」
この街は、地下街はない。姉さんの言う通り、屋上にもないとなると…カモフラージュでもしているのか?
俺は出発前にした時と同じように、タクトで空を一突きしてみた。すると例の如く世界がモノクロになり、残響の所在地が……
「え?」
広場を行き交う群衆の中で、不自然にもその場で静止している数人の人間。その頭上から、金色の光の柱が昇っている。
この人たちが、残響……?!いやまさか……
人間の中に潜伏しているのか、それとも人間の姿を模しているのか。言葉を失う俺のすぐ側で、光を放つ人物の一人がぬるりと首を傾けた。
その視線は、再び通信端末を操作している無防備な姉さんの背中に注がれている。まずい、姉さんが狙われている!!
「姉さん、しゃがんで!!!」
伝えようとした瞬間、その残響の腕が鋭い刃となって姉さんの背後から迫った。
俺は咄嗟にその間に入り込み、自分の体で攻撃を受け止めようと固く目を閉じる。金属が激しくぶつかり合う衝撃音が耳元で弾けた。
恐る恐る目を開くと、俺の手にはいつの間にかあの剣が握られていた。その刀身が敵の刃をがっしりと受け止め、鋭い火花を散らしている。
「カズ!?というか…残響!どこから?!」
「くっ……大丈夫、離れて!」
俺が攻撃を受け止めて、体制を崩されないように必死に堪えていると、周囲の他の残響もどんどんと本性を表していった。
俺の調律に反応したのか、あるいは正体がバレたと悟ったのか。光を立ち昇らせていた残響たちが一斉に、この数日で見慣れた姿へと変わって、俺たちへ襲いかかってくる。
「きゃあああ!?」
「な、なんだあいつら!?」
「早く逃げて!!」
平和だった広場は一瞬にして騒々しい戦場へとはやがわりした。周囲の人間たちが叫び声を上げ、パニックになって逃げていく。
「カズ!」
「わかった!!」
俺はその剣に調律の力を込めて、残響を順番に倒していった。姉さんの放つ魔術で残響は身動きが取れなくなり、俺はその隙に残響の胸に刻まれている中心の核を狙って剣を振るう。
見事な息の合った連携で、群がる敵を確実に削り取っていった。
やがて間も無く、最後の一体が硬直して動かなくなる……無事に全員、倒し切れた。
人々が散り散りに消え、戦いが終わり、静まり返った広場で、俺は大きく息を吐き出して体から力を抜いた。手の中に現れた剣は今まで通り、役目を終えたかのように勝手に消えていく。
「ふう……なんとか、終わった…」
「残響が、カモフラージュできるなんて…曜玄がここにいるって気がついていなかったら、知らない間にこの街は残響に侵食されていくところだった」
姉さんも杖をしまって、近くに転がっている残響の破片を観察し始めた。
…………ん?残響は全員、倒したはず。じゃあなんで、破片が転がっているんだ…?
「!?」
背後で、カサリと音がした。
見返した先では街路樹の木だったものが変形し、真っ直ぐ俺にその刃を向けていた。まだ一体、取り逃がしていた……!
「カズ!!」
俺は半ば反射的に、右手に力を込めて手のひらを前に突き出した。目を瞑った瞬間、ドスッ、という鈍い音が響く。
刃は容赦なく、俺の手のひらへと突き刺さった。
「カズ!!!!」
悲鳴にも聞こえる姉さんの声。だが、俺は激痛も、生ぬるい血の感触も感じなかった。
痛みは、全くない。血も、一滴も出ていない。
俺と残響が互いに硬直していた次の瞬間、追撃に入った姉さんの攻撃が、隙だらけになった残響のコアを完璧に打ち砕いた。
よかった……これで、今度こそ全ての残響を倒した。
静まり返った現場で、俺は貫通している刃を取り除き、右手を覗き見る。見ると、手のひらにしかなかった紋様が、貫かれた刃と共に手の甲にまで広がっている…
「…………手の甲にまで…」
「風月……その、手………」




