第18話 潜入作戦
図書館の正面玄関に戻った時には、その扉はすでに閉まっていた。ノブを手に取り回そうとしても、びくともしない。
「やっぱり、閉まってるか……」
建物の壁伝いに歩いてみながら、考える。あの様子だと、レイラさんはもう帰っただろう。明日になればいないと言っていたし、あの難解そうな本をなくしたとなれば…さすがに姉さんに申し訳ない。
どこか入れる場所はないかと裏手に回ると、一階の少し高い位置にある大きめの窓がほんの数センチだけ開いているのが見えた。
あそこなら、入れそうだ。周囲に人の気配がないのを確認してから、壁の突起に足をかけてよじ登る。
窓枠に手をかけ、音を立てないように慎重に滑り込んで、薄暗い館内へと足を踏み入れた。
昼間の穏やかな空気は消え去り、夜の図書館は静まり返っている。廊下に自身の足音が響かないよう、俺は少しかがみながら進む。
目指すは、さっきまでいた奥の古書エリアだ。気配を殺して廊下を進んでいくと、目的地に近づくにつれて奥から微かに話し声が聞こえてくることに気づいた。
誰かいるのか…?もう、使用客は全員帰ったはずだ。となると残っているのは館員だけ…見つかると、色々と面倒くさい。俺は壁に身を隠しながら、ドアの隙間から中を覗き込み様子を伺ってみることにした。
衝撃的だったのは、中にいたのがさっき俺に本を渡した後に帰ったと思っていた司書のレイラさんだったこと。そして、その対話相手が……
レイラさんの表情は昼間とは少し変わり、真面目さを帯びていた。青い球によって描かれているホログラムに、真剣に話している。
『……最近の真依は、第三者からみるとどう?何か悪いところでもある?』
「歳星将軍が気になさるような大きな不安点はないようです。ですが、彼女と本日このような本を渡す、と約束しておりました。その内容が、バックアップの件でして………」
歳星将軍──。
話した時から軽い人だとは思っていたが、これほどまでに簡単に他の星に顔を出すような人だったとは……あれ?ということは、レイラさんは何者なんだ?
『真依がバックアップに興味を向け直したのね?彼女に何かあったのかしら?今更学び直すなんて…しかも、私のもとに戻ってきていないし』
「分かりかねますが…何か関わりがあるとしたら、最近この星で激化し始めている残響の侵食に関係があるのかと」
姉さんの名前まで出てきた…レイラさんは、藤原と同じでスパイなのか?
だが、それ以上に、レイラさんの足元にあるデスクに目が釘付けになった。そこには、俺が置き忘れたはずの、あの姉さんの本が乗せられていた。
(しまった……あの位置じゃ、普通に行っても絶対にバレる……)
通信が終われば、あの本がどうなるか分からない。俺が忘れたまま帰ったと勘違いして、そのままレイラさんが持っていってしまうかもしれない…いや、忘れて帰ったのは否定しないけど。
どちらにせよ、姉さんのあの本をここで失うわけにはいかなかった。
かといって、ここから堂々と入るのもダメだ。最悪、捕まるかもしれない。どうする……?
(調律、行けるか…?)
俺は試しに、この図書館を調律するつもりで壁に手を当ててみる。想定していた調律エネルギー量は超えているが…よし。いけるな、これ。
俺は勘付かれないように、勢いよく手から調律をしていった。もう一度、恐る恐るレイラさんを見てみる。あの2人は、何も反応を示していない。異変を感じていないようだ。
俺は勇気を振り絞って、レイラさんのすぐ横を通ってみた。
彼女は何かを感づいたように俺の方を見るが、その視線は俺を通り抜けて廊下の方へと注がれる。本当に、俺のことが見えていないらしい。
俺はそのまま机の上に置いてあった本を取って、すぐに引き返した。
「……? 今、何か……」
レイラさんが一瞬、本が消えたデスクに目を落として不審そうに眉をひそめた。まずい、バレたか…?
俺はバレる前にそのまま足早に廊下を駆け抜け、侵入した窓から外へと飛び降りて去っていく。
外の冷えた空気に包まれ、俺は安心してため息をついた。なんとか、バレずにいけた…
「ふう……ミッション達成だな」
なんだか妙な達成感に包まれた俺は、軽い足取りで家へと続く帰路を再び歩き出した。
すっかり遅くなってしまったな…帰ったらすぐに夕飯の支度を始めないと、姉さんの夜ご飯まで遅れてしまう。
俺はとりあえず、レイラさんが将軍と会話していたことは頭の隅に退けることにした。




