第一章『荒野の少年』④
空が、まだ裂けている。
その裂け目の奥から覗くのは、夜でも昼でもない、どこか別の層だった。
ガイが大盾を構える音が、やけに遠く聞こえる。
「……あれが敵か?」
レオンの声は冷静だった。
だが、その奥にわずかな緊張が混じっている。
ミアは動けていなかった。
いや、動けないのではない。
“動く未来が存在しない”ような顔だった。
「ユウ……」
か細い声。
その手の中で、《クロニクル》が震えている。
ページが、勝手にめくれていた。
「……見えない。全部、飛んでる」
「飛んでる?」
「未来が……繋がってない」
その言葉が落ちた瞬間。
狼の残滓が、一歩踏み出した。
地面が“音を忘れた”。
踏みしめたはずなのに、音がしない。
存在だけが、そこにある。
炎でもない。
影でもない。
ただ“削られている”。
世界が少しずつ、欠けていく。
「来るぞ!!」
ガイが叫び、大盾を叩きつける。
衝撃波。
だが、届かない。
狼はそこにいるのに、そこにいない。
攻撃が“意味を持つ前に消えている”。
「くそっ……手応えがねぇ!」
レオンが舌打ちし、剣を構え直す。
その瞬間だった。
狼の視線が、再びこちらを向く。
いや。
正確には。
俺の“何か”を見ていた。
「……何故だ」
低い声。
空気が震える。
「貴様の章は、存在しているはずだ」
ミアが息を呑む。
「またそれ……」
「章……?」
ユウの中で、その言葉だけが引っかかる。
章。
人生。
記録。
読まれるもの。
なのに。
「読めないって、どういう意味だよ」
思わず声が出ていた。
狼の瞳が、わずかに揺れた。
ほんの一瞬だけ。
迷いのようなものが走る。
そして次の瞬間。
空間が“めくれた”。
世界が一枚剥がれる。
その下から現れたのは、さらに深い闇だった。
「ユウ!!」
ミアの叫び。
ガイが前に出る。
レオンが舌打ちする。
全員が動く。
だが、その中心で。
ユウだけが、一歩も動けなかった。
動けないのではない。
“動く理由がまだ定義されていない”。
そんな感覚。
その時だった。
頭の奥で、何かが“鳴った”。
文字でも声でもない。
ただの確信。
――これは、普通の戦いじゃない。
――この敵は、“俺を殺すためにいる”。
狼の口がゆっくりと開く。
「ならば」
「削除する」
世界が、ひとつ落ちた。




