第一章『荒野の少年』⑤
「削除する」
その言葉が落ちた瞬間、空気が“無くなった”。
音が消える。風が止まる。
世界が一枚、薄くなる。
ガイが踏み込んだ一歩が、途中で途切れた。
「……っ!?」
踏み込んだ“結果”だけが残って、動きの途中が消えている。
レオンの表情が初めて崩れる。
「おい……今の、見えたか?」
「見えねぇよ」
ガイが歯を食いしばる。
「“途中”が消えた」
ミアの手の中で、《クロニクル》が悲鳴を上げるように震えた。
ページが焼けるみたいに、黒く滲んでいく。
「やめて……これ以上読めない……!」
「ミア!」
ユウが駆け寄ろうとして──止まる。
止められたわけじゃない。
ただ、“進んだ先の自分”が存在しない気がした。
その違和感。
初めての感覚。
狼は静かに歩いてくる。
一歩ごとに、地面が消えていく。
存在が“削られている”。
「貴様は」
狼の声が落ちる。
「なぜ、まだここにある」
ユウは息を呑む。
意味が分からない。
なのに、どこかで理解してしまいそうになる。
「章は、読まれるものだ」
「読めぬ章は、存在しない」
ミアが震える声で叫ぶ。
「ユウ、逃げて!!それは“終端現象”じゃない……もっと上……!」
「上?」
言葉の意味が届く前に。
狼の視線が変わった。
ユウを“見る”のではなく、
ユウという存在の“奥”を覗き込むように。
そして。
言った。
「……ああ」
「“未読領域”か」
その瞬間。
ユウの中で、何かが“弾けた”。
⸻
世界が、逆流する。
音が戻る。
風が戻る。
時間が一瞬だけ巻き戻るような感覚。
「……っ、何だこれ」
ガイが息を呑む。
レオンも動きを止める。
ミアの《クロニクル》の黒ずみが、一瞬だけ薄れる。
そして。
ユウの胸の奥に、“種”が反応した。
熱。
怒りでも恐怖でもない。
もっと深いところ。
存在そのものが、揺れる感覚。
「……これが」
ユウは無意識に呟く。
「俺の……?」
狼が止まる。
初めて。
ほんのわずかに。
警戒したように。
その瞬間だった。
ユウの足元に、光が走る。
地面に“線”が刻まれる。
それは文字でも魔法でもない。
ただひとつの確信。
――ここから先は、まだ終わらない。
ユウの視線が上がる。
狼と、真正面でぶつかる。
「……読めねぇなら」
ユウの声は、静かだった。
なのに荒野全体に響いた。
「俺が書けばいい」
空気が、変わる。
ミアが息を呑む。
「……まさか」
ガイが笑う。
「おいおい……やっとかよ」
レオンが剣を握り直す。
「面倒なことになってきたな」
狼の瞳が、揺れた。
初めて。
明確に。
“異常”を認識した目。
そして。
世界が、再び動き出す。




