第2章:境界のほころび
風は、いつもと同じ速度で吹いていた。
それなのにユウは、その風の中に“わずかなズレ”を感じていた。
言葉にできるほどの違いじゃない。
ただ、昨日までの世界と今日の世界のあいだに、薄い膜が一枚挟まったような感覚。
「……気のせいか?」
そう呟いても、返事はない。
隣にいるミアは、空を見ていた。
その視線は、遠くを見ているようで、どこにも焦点が合っていない。
「また、見えてるのか?」
ユウがそう聞くと、ミアは少し遅れて瞬きをした。
「うん。でも、今日は少し変」
「変?」
「未来が……ひとつじゃない」
その言葉に、ユウの足が止まる。
未来はいつも“重い一本の線”としてミアの中にあるはずだった。
それが“複数”になるということは、世界のどこかが揺れている証拠だ。
遠くで、鈍い音がした。
爆発音でも、戦闘音でもない。
もっと曖昧で、もっと嫌な音。
まるで現実そのものが、軽く咳をしたような音だった。
「ユウ」
ミアが小さく呼ぶ。
「行くよ」
それだけで分かる。
この“違和感”は、もう見過ごしていい種類のものじゃない。
⸻
街の外れには、誰もいなかった。
ただ一箇所だけ、そこだけが“色を失っている”。
建物の輪郭が曖昧で、光がそこだけ吸い込まれているように見える。
地面には、ひび割れのような模様が広がっていた。
「残滓……じゃない」
ガイの声が背後から落ちる。
いつの間にか、そこにいた。
剣を持っていないガイの目が、いつもより鋭い。
「これ、まだ“生まれてない”現象だ」
「生まれてない?」
ユウが聞き返すと、ガイは一歩前に出た。
「形になる前に、こぼれてる。世界の外側から」
その瞬間、空間がわずかに歪む。
“何か”がそこにいるのは分かるのに、姿が定まらない。
見ようとすると逃げる。
意識すると薄れる。
ミアが小さく息を吸った。
「……これ、まずい」
その声は珍しく揺れていた。
「何が見えた?」
ユウが聞く。
ミアは答えないまま、少しだけ唇を噛んだ。
「勝っても、負けても……どっちでも“少しずつズレる”」
「世界が?」
「うん。全部」
その言葉の直後、空間がひとつだけ“欠けた”。
音もなく。衝撃もなく。
ただ、そこにあったはずの“何か”が消えた。
ガイが構える。
「来るぞ」
そして――
世界が、ほんの少しだけ“違う形”に折れた。
⸻
ユウはその瞬間、理解してしまう。
これは敵じゃない。
“現象”だ。
そしてこの世界には、まだ名前すら与えられていない歪みが存在している。
その認識と同時に、胸の奥がわずかに軋む。
何かが始まる音だった。




