走れ!闘神
春爛漫のイェシカの王都テューネ。
過ごしやすい気候に誘われて、戸外で食事を取る人や、交通の要所でもあるテューネに、行商にやって来た人々、それに伴う様々なバザーで、街は賑わっている。
人の集まる所には、情報も集まって来る。
国内外の事情通の集まる食堂や酒場では、本来の目的よりも、情報収集煮に重点を置く客が多い。そんな場所のひとつ『カモの卵亭』でも、今最も人々の関心を集めているのは、新女王と新闘神の話題だった。
まだ昼間だというのに、果実酒のピッチャーで溢れかえったメインテーブルでは、酔客達が、その話で盛り上がっていた。
ここに集まって来るような人々は、もちろん物見高いので、つい先日行われた、闘神祭のパレードも見物していた。
中には、既に伝説になりつつある、闘神の大ジャンプを直接見た人もいて、その話を本人は飽きるほど話しても、聞きたいという人は後を絶たなかった。
他にも、
「闘神祭でいちびった貴族が闘神様にボッコボコにされたらしい」
「貴族が女王様の服を破ったので、今牢屋に入れられているらしい」
等など、闘神祭の一連の騒動は、正式な詮議がされるまで、口外禁止となっているため、詳しい話は、庶民には知らされていないが、それでも人の口に戸は立てられないらしく、微妙に内容が歪曲されてはいるが、噂にはなっていた。
パレードの日に、初めて闘神が女性である事を知った者も多かったので、茉莉の姿を見た瞬間は驚いたが、神刀を軽々持ち上げるその勇姿に、可愛らしい少女が常ならざる者であると認めた。
神刀は、ほぼ儀礼用なので、用のない時は神殿に安置されているのだが、代々イェシカの闘神は気安い性格なので、一般人でも希望すれば触る事を許可していた。
王都テューネに住む男子は、大抵幼年学校の社会見学で、一度は闘神神殿に行く。そして、子供達は闘神があまりに軽々と持ち上げているので、こぞって真似をようと、神刀の柄を持ってはみるものの、ピクリともさせられないという共通体験をするのだ。なので、『あの神刀を持ってる=すげー』の図式が深く心に刻まれているらしい。
「アキラ様の時も、子供だなーと思ってたけど、まった細い闘神様で、強さはどうなんかね?」
「今度は娘っ子だしなー」
「でもまあ、闘神様には違いないようだし、いいんじゃないか?」
「いやいやぁ、戦ともなればあれだ、相手方と一騎打ちだから」
「戦はないだろー、火種もないし」
中年親父の面々で、闘神談義もたけなわとなってきた頃、話を聞いていた老人が、そう言えばと口をはさむ。
「戦でなくても、試合とか言うて、勝負すんのがあんじゃろ」
「そんなの、知らんなあ」
「いやいや、アキラ様ん時も、どっかの国のと確かやっとったって。たぶんありゃあ、様子見じゃな」
「じいさん、そりゃ隣が攻めてきた時の事とちがうんかね?」
「いやぁ、それはそれで覚えとるから。
多分、アキラ様がこっち来てすぐじゃったと思うでぇ。
闘神同士が闘うと、ひどい事になるから、何か決まりにそってやったでの」
老人は記憶を手繰り寄せながら続ける。皆が興味を持ち始めたの気をよくしたらしい。
「あん時は命の保証はないけど、見学は自由じゃったから、ワシも見に行ったで」
「で、アキラ様勝ったんか?」
「いや、負けたんじゃなかったかいな?相手方は40年もこっちにおったベテランじゃから」
「負けると何かまずいのかね?」
先代が負けたと聞いて、その場微妙にしょっぱくなる。
「さー?ワシ等下々のモンには、別段何も知らされてなかったのぉ…まあちょっと不名誉なだけじゃろう」
その名誉が、大事な事もあるが、名誉で飯が食えるか位に思っている、一般市民にしてみればそれだけの話といえた。
「あの娘っこ…闘神様もそういうのやるのかね?」
「どうかなあ、闘神祭みたいな決まり事でなし、わからんね」
「あったら、仕事休んででも見に行くでわ俺。うちの闘神様がどんぐらいのもんか、見てみたいし」
俺も俺もと、その場の意見は一致した。
それから、申し込みがあるとしたら、やっぱり過去に小競り合いのあった隣国が真っ先に申し込んでくるのではないか、とか、わりと仲の良好な海を隔てた大国の方が、鍛えてもらえそうでいいのではないかとか、いやいやそれなら北方の山脈を越えた小国に50年超えの大物がいるから、そっちの方がよくないかなどと、自分達が決めることでもないのに、相手の国選びが喧喧諤諤の議論を呼んだ。
「申し込まれたら、全部やればいいさー」
そうすれば、1回見逃しても次があるから。
当事者が聞いたら、怒り出しそうな理由でのそう言う者もいた。
だが最後には、
「まあ、強いかどうかは置いといて、うちの闘神様が、世界で一番可愛い闘神様なのは間違いないな!」
という発言の下、『ですよねー』と再び皆の心はひとつになった。
「へくちっ」
城下で話題になっていた闘神はその頃、くしゃみをしながら王都テューネと隣の郡との境でお昼を食べていた。その様子は、どうみてもピクニックだった。
「おっかしいなあ、闘神って不死身じゃないの?風邪引くの?どうなの?リリーちゃん」
「さあー私に聞かれましてもわかりかねます…そういうのは闘神神殿の方々がお詳しいのではないでしょうか」
彼女の連れは灯明妖精のみ、女王は政務が忙しく茉莉と同行は出来なかった。
お昼には戻ってくれとせがまれたが、それでは仕事にならないのだ。
「さて、ご飯も食べたし。先を急ごうか」
「はい…あの、マリ様」
敷物を丸めて背負い、支度をした茉莉におずおずと妖精が話しかける。
「午後からは、もう少しゆっくり走りませんか?」
「えー?でもゆっくり行ってたらリリーちゃんの仕事に差し障るよ?」
さあさあ、諦めてねと、リリーを特別に作ってもらった胸ポケットに入れて茉莉は時速60kmほどの速度で走り始めた。
こちらでは、地上最速の乗り物が馬車であるため、午前中リリーはこの未体験速度に仰天した。
『いくら闘神様のお仕事のお手伝いとはいえ、これはハードですわ!』
再び前後左右にシェイクされながら、リリーは女王の約束した特別手当をもっとアップしてもらおうと心に決めた。
「それにしてもイェシカって綺麗な国だね」
猛スピードのわりに息も乱さす茉莉は普通にリリーに話しかける。
「そうですね。イェシカはっすごしやっすいいいしいい風光明媚いいいなあああいいいいい国でですねぇんぐ」
揺れすぎでリリーの方は明瞭に話せない。
「それにしても、闘神最初の仕事がスタンプラリーとは思わなかったよ」
「ですわねええええええっ私もはじめてえええしりましたあああ」
闘神はその気になれば空も飛べる。ただ、飛べても、行った事のない所や遠方に、正確に辿り着くのは難しい。そこで、国の各地にあるパワースポットに自力で辿り着き、地図と記憶でマーキングして、城から、もしくはパワースポットから、パワースポットへ瞬時に移動できるようにするのだ。
「正直、面倒くさいけどイェシカのセコムとしては頑張らないと!」
国の端と端で有事発生ともなれば、いちいち移動もしていられない。
なので、闘神最初の仕事は大抵このパワースポットめぐりなのだ。
1人で巡ってもいいが、地理に明るくなくとも、イェシカにはわりと正確な地図があるので、迷子になる心配なないが、茉莉は地図の読めない子だった。そこで、案内人を1人抱えて行こうと思っていた所、それでは目立つだろうと、女王がリリーに闘神随行の特別任務を与えたのだ。
時速60kmで走っておいて今更目立つも何もないのだが、リリーを付けけておけば、絶対に夜には茉莉が城に帰ってきてくれるとの目論見がメインの人(妖精)選なので問題はなかった。
「はあああああ、はやいいい、はやすぎますううううううう」
もしもリリーの声が大きかったなら、街道をひた走る闘神を見た人々はドップラー現象を初体験できただろう。




