第十四話 独占する想い 2
「…っ京介っ…」
「なに?」
「どうしたの、急に…」
何故かいきなり顔つきが変わり、手つきも色気を帯び始めた京介に、華子は戸惑わずにいられなかった。そんな華子に、京介はあくまで無表情で答える。この顔になると、もう誰も彼の感情を読み取ることはできない。
「なんでだろうな。急にお前の事、ここから出したくなくなった。」
言いつつ、細い首筋に舌を這わせる。上にのぼっていき、やがては耳を甘噛みする。
「あっ……ん、京介っ…駄目…」
「声、もっと聞かせろよ」
耳元で囁かれる。もうだめだ、立っていられない。ガクンと膝が折れるが、寸でのところで華子を京介が抱き留めた。
「華の可愛い顔とか、俺だけが見てたい。とか、身分に似合わず考えてた。」
「身分……っ?」
今は所詮、使用人が燕尾服を脱いだだけのだらしない素顔。
こんな顔では、何もすることの出来ない弱い人間。
「だから、少しだけ俺のワガママ、聞いて。」
「…っ…分かった………」
華子は舌を出し、京介を見つめる。
恥ずかしくて仕方ないが、
感情の読めない氷のようだった京介が、くらっとした表情をしたので
結果オーライだ。
「………エロすぎ」
顎のほうに垂れていた舌を京介の熱い舌が持ち上げ、そのまま唇が触れ合う。
「んぁ……ぁ…」
交じり合う吐息と舌。熱い身体と顔は、もう最早自分のものではない。
誰にも支配されない、二人だけの時間だ。
もう、我慢できない。
「…ディープキスって…初めて、した…」
「そうなのか?意外だな。」
「……したことあるの…?」
「………まぁな」
そうだよね、だってあんなにキス上手いんだもん…。
と、自分に言い聞かせるように心の中で反芻させるが、やはり少しのモヤモヤとした得体のしれない何かが浮き出てくる。
「…そっか、ちなみに、どんなひっ…あっやだっ…耳っ…舐めちゃやだ……」
「……感じすぎ…」
華子の腰を抱き寄せ、耳を咥える。その度に吐息と声を漏らし、体をよじる華子は、やはり
「……ま、まだするの……?」
こちらを煽るくらいにはいやらしかった。
「まだしてぇの?満足してないなら、もっとするけど。」
「っ……」
「嘘だよ。華、さっきから震えてるだろ。ドレス決めたら帰ろう。」
京介は華子の手を握り、トイレから出た。
華子はホッとしたような、残念なような不思議な感覚に襲われ、ただ黙ることしかできなかった。
「このドレス、だな。」
「うん。」
「お客様、恋人の方にプレゼントですか?」
自然な笑みをたたえた上品な女性店員に声をかけられ、二人は後ろを振り向く。
「はい。彼女、明日パーティなんです。折角なのでプレゼントしようと思いまして。」
「そうでしたか。よく似合うドレスですね。見立てた方は彼氏さんですか?」
「そうなんです、彼がしてくれて…」
「本当に内面からあなたを見てくれているんですね。服選びは相手から見た自分を表現すると言われています。このドレスは妖艶ですが、どこか儚さを感じる素敵なドレスです。彼女さんのイメージにぴったりですね。」
「あ、ありがとう、ございますっ…」
「ゆっくりご覧ください。」
「あ。あの。」
「はい。」
「彼女に似合う、髪飾りとかありますか?」
「髪飾りは当店でお取り扱いしております。しかし……」
店員は嬉しそうに笑ってから口元に手を当てると、少し頬を赤らめて告げた。
「私共店員が選ぶより、彼氏さんが選んだほうが良さそうですね。」
素敵なカップルに見えたのだろうか。店員は一通りドレスに合う色合いの、華子らしい髪飾りを何個か持ってきてくれた。店内の椅子に腰かけ、それを順々にみていく。
「こちらのお色が、このドレスと彼女さんには似合うと思います。」
「……」
「…京介?」
顎に手を当て、黙りこくってしまった京介の横顔は真剣そのものだった。時たま華子に目配せはするものの、またすぐ髪飾りに視線が戻る。少しだけ髪飾りがうらやましい。
自分にあんな目を向けられたらそっぽを向く癖に、妙な嫉妬だけはいっちょ前に妬く。
「あ…これにします。」
「こちらでよろしいですか?」
「はい。これが一番…彼女に似合ってると思います。」
それを見つけた時の京介はとても嬉しそうで、無邪気さが垣間見えた。
「ではお包みしますので少々お待ちください。」
「はい。ありがとうございます。」
ついいつもの癖で深々とお辞儀しそうになるが、それだけはギリギリ回避する。なるべく華子は素性を明かさないようにしなくてはならない。ただでさえ業界では美人のご令嬢としてちょっとした有名人で、それなりの立場にいる人間が、まともなSPもつけずこんなに人の多いところに来るのも実際あまり良いことではないのだ。
理由はもう一つある。華子が特別扱いを嫌うのだ。社長の娘ということもあれば、変に気をつかわれる。逆にそれが疲れるそうで、外出時京介が連れ添う場合は私服を来てほしいと頼まれている。今日はそれを少しド忘れしていただけだ。
包み終わるまでの時間、店内を見て回っていると、華子が不意に口を開いた。
「なんだか恥ずかしかった。凄い恋人扱いで…」
「だな、俺もなんかくすぐったかった。すごくいい店員さんだったけどな。」
お互い目を合わせて、クスリと笑う。
「そういえば、今年はまたやるんだって、仮面舞踏会。」
「さすが玩具メーカー。遊び心があるな。」
言いつつ、京介は今の単語を脳内で復唱した。
仮面舞踏会、か……
おととしから一種の恒例行事となった『仮面舞踏会』。孝蔵の思い付きでハロウィンの日に突然開催することになったそれは、まぁお楽しみ大会のようなものだ。仮面をつけ、踊り、騒ぎ、飲み明かすというパーティ。話は聞いていたが、京介が参加するのは初めてになる。
この行事は無礼講。使用人たちも全員パーティに参加する。
「お客様、包装が終わりましたのでレジまでお越しください。」
「はい。華。先に外出てろ。」
「え?」
ドレス代その他諸々はすべて孝蔵から預かっている。そしてそのお金を京介は持っていない。万が一の時のために、財布などは華子が管理しているのだ。道に迷ったりしたときのためにタクシーを使えるように、などの意味が込められている。
「え、お金、」
「俺のプレゼント。」
最初からこう決めていた。
自分も佐久間家に仕えているためそれなりの収入はもらっているし、貯金もある。
ドレスくらい、払いたい。
「でも…」
「いいから。」
華子は根負けしたかのように、渋々といった感じで外に出て行った。その様子を見ていた、レジカウンターの中に入った担当してくれている店員は、少し不安そうに京介に尋ねた。
「よろしいのですか?なんだか、納得されてないようでしたが…」
「いいんです。ちょっと馬鹿な子なんで。」
その理由は見当違いなような気もしたが、会計は順調に進んでいった。
「お若いのに、すごくしっかりされてるんですね。」
「いえ。そんなことないです。」
京介は困ったように笑いながら、店員の左胸についているネームプレートを見た。
「門倉さん、ですか。またお願いすることがあるかもしれません。そのときは宜しくお願いします。」
「はい。いつでもお待ちしております。」
京介を見送ると、店員の門倉 由紀はその後ろ姿をしばらくの間見つめてしまっていた。
なんでだろう、とても幸せそうなのに。
なんだか彼氏さんの方は、少し寂しそうだった。
『男性が女性へ服をプレゼントする理由』
『その服をあなたが着て 脱がせたい』




