第十五話 外れた愛
ある一組のカップルを見送った後、由紀は少しぼーっとしてしまった。何とか手を動かすが、あまり集中している状態ではなかった。
「門倉~?もう上がって平気よ。あなたここのところ働きづめでしょ。」
「高塚さん…。ありがとうございます、お先に失礼します。」
チーフに許しをもらえたので、彼女は帰宅した。
人気のあるところからは少し離れた場所にある、十階建てのマンション。ここで由紀は、幼い頃に引き取ってくれた父の弟、叔父と共に暮らしている。五歳の時に両親を亡くし、身寄りがなかった由紀を真っ先に引き取ってくれたのが、叔父である門倉 大志だった。
「叔父さん、まだ帰ってきてないんだ…。」
早めに上がらせてもらったとは言え、通勤場所から家まで帰って来ると六時は過ぎていた。
今は同居という形をとっているが、それはあくまでも一時的で、一人暮らしの資金が貯まったらここを出て行くことになっている。正確にはそういう話は出ていないが、それが筋というものだろう。
しかし、 嫌だ。
二十二にもなって子供みたい。
彼女は、今年で三十九になる叔父を、好きになってしまったのだ。
見た目は三十前半スラッとしていて、父にはあまり似ていない。父親が違う兄弟らしいので当然と言えば当然かもしれないが。
「ただいま。」
「あ、おかえり叔父さん。」
「由紀…帰ってたのか。ただいま。」
出迎えに行くと、頭をなでられる。
「やめてよ、もう子供じゃないんだから。ご飯は?」
「食べてないよ。」
「そっか、今から作るね。」
嘘をついた。
本当は、その大きな体に抱きしめられたい。
深く口づけて、その先も。
こんなこと考える私は、間違ってる?
由紀は自問に入るが、そのトンネルからは決して逃れることは出来ない。開けることのないトンネルを、ずっと彷徨い続けるのだ。
ただ、分かっていることはある。
身内を好きになるなんて、絶対にあってはならない禁忌だって言うこと。
料理中、スーツから部屋着に着替えた大志がリビングに出て来る。2LDKのこのマンションは二人で暮らすのにも十分広く、それが少し、由紀は物寂しくもあった。
「叔父さん、出来たよ。」
「あ、悪い、煙草買ってくる。買い忘れた。」
「じゃあ待ってるよ。」
「え。良いよ、先に食べてなさい。」
「せっかく作ったのに。」
「ごめんな、行ってくる。」
一人で食べる夕食は寂しい。
ご飯はみんなで食べたほうがおいしい。そう教えてくれたのは大志なのに。
コンビニまでは結構時間がかかる。あぁは言われたものの待っていようと思ったのが、先に胃の方が根を上げた。
「うぅ…。無理だ…。」
仕方なく食べようとすると不意に、窓の外でポツポツという小さな音が聞こえ始めたかと思うと、いつの間にかそれは大粒になって行った。
「…叔父さん、傘持って行ってないよね?」
「ただいまっ」
玄関で慌てた声が聞こえたので、由紀も急いでそちらに向かう。そこには、びしょびしょに濡れた大志が困った顔で立っていた。
「叔父さん、大丈夫!?」
「…いや…ずぶ濡れだ。」
「…っ…」
言いつつ、玄関で部屋着を脱ぐ大志は、仕事の合間に通っているジムのせいでたるんではいない。逆にそれが色気を煽り、由紀は目が離せなかった。
「…?どうした?ジッとみて。また筋肉ついただろ。」
視線に気づいた大志が自分の上腕二頭筋を触る。今度こそ目を離す。
「そ、そうだね。お風呂入れて来るから待ってて。」
風呂場に行き、湯船にお湯を張る。ヘリに肘をつき、頭を抱え込む。
駄目。駄目なのに。
「ありがとな由紀。夕飯悪かった。今度美味い飯でも食べに行こう。」
それには何も答えられず、軽くうなずくことしかできなかった。由紀が脱衣所を出るとシャワーの音が聞こえ始めた。
駄目。もう無理。
由紀は駆け出し、風呂場の扉を扉をガラッと乱暴に開け、気付いた時には大志に抱き着いてしまっていた。部屋着が、シャワーのお湯でどんどん濡れていく。
最初は目を見開いていた大志も、眉間に皺を寄せて静かに呟いた。
「…由紀。何してる。やめなさい。」
「叔父さんが好き!…好きなの…!」
「早く離れなさい。」
「嫌!」
背中は大きくて、腕を離させようとする手も大きかった。
「由紀」
語調が強いものになっていく。それでもかまわなかった。ひっぱたかれようが、突き飛ばされようが。
「叔父さん…キス、して…」
「由紀、っん…」
唇を重ねて。愛を囁いて。
してって言ってしてくれないのならこちらからするのみだ。
「んっ…叔父さん、口…開けて…んは……ん…」
もっと。
もっともっともっと。
「由紀…!駄目だ。」
「…どうして?」
濡れた服を身に纏っている由紀からは色気が漂い、大志は思わず目を逸らした。下着が透けていて、目のやり場に困る。
「……叔父さんじゃなきゃ、嫌なの」
今にも泣きだしそうな由紀に、大志はどうすればいいのか分からなくなってしまう。
「叔父さん、お願いだから…私の事好きになって」
自分は、叔父であるということを抜きにして。
私の事、どう思ってるの?
「それは…」
「姪としてなんて見たら…嫌。」
由紀は服を脱ぎ棄て、今度は真正面から大志に抱きつく。ここで突き放さないということは、嫌いではないようだ。
「…由紀」
信じられないほど迫って来る罪悪感。
最低なことを言い出そうとしているという背徳感。
苦しくなりそうなほど膨らんでいた、ある想い。
それらに、大志は押しつぶされるような感覚に陥っていた。
「…由紀」
「なに?」
「知らないからな。」
「……うん、良いよ。」
そういうと、大志はゆっくり由紀に顔を近づけていく。一度躊躇うが彼女の後頭部に手を回すと、距離は自然とゼロになった。
深い口づけに、由紀は声を漏らす。舌が絡み、お湯が時たま口の中に入る。
「んぁっ…おじ、大志さん…っ、ん…んぁ、んはぁ…」
「…由紀。もっと舌を出しなさい…早く」
嬉しい。求められている。
言われた通り舌を出すが、口づけが来ない。
「叔父さん…、早く、キスは……?」
「え?いや…、由紀がこんな顔するようになるなんて、おもってなかったから。」
他人に向けるはずだった顔が、今目の前で、俺に。
「…ずっと叔父さんが好きだったんだよ」
「あぁ。気付かなくて悪かった。もう一回、舌を出して。」
「ぁ……」
今度はそれが、きちんと絡めとられる。溶けてしまいそうなくらい熱い口づけに、由紀は膝の力が抜けてしまった。
「おっ…と…。どうした。」
「ち、力入んなっ、あ、ちょっと、大志さ…!!」
急に抱っこされ、風呂場から出される。大志は下着とスウェットのズボンを履き、膝のあたりに腕を回し、再び抱っこして下から見つめる。
「どうしたい?このままベッド行くか?」
「えっ…!?大志さん、」
「別にこのままご飯でもいいぞ。ご飯食べるか。」
「う、ぅん…」
「よし。にしても軽いな由紀。痩せすぎだ。」
「やだ、大志さん降ろして!」
「嫌だ。その大志さんっての良いな。そうやって呼んで。」
大きな子供みたいにお願いをする大志に、由紀はぐっと口をつぐんでしまう。
「大志、さん…」
「よし、いい子だ。」
なぜ、イケナイ恋なのにこんなにも幸せなのだろう。なぜ、世間から見ればおかしいのに、こんなにも愛してしまっているんだろう。
「大志さん」
「ん?」
「私の事…好き?」
「……実はな。」
「いつから?」
「さぁ、いつからだったかな。」




