第十二話 二つの想い
結局席は平日ということもあって取ることはできた。二人で八個入りのたこ焼きを食べ、京介がトイレに立つ。
「華、まだ何か食べたかったら…って、華…?」
手を拭きながら戻ってくると、先ほどまでいたあの可愛い華子がいなくなっていた。
大切で大好きで
でも届くことの出来ない華子が。
「華…っくそ、目離した隙にっ…!」
携帯を取り出し、華子の番号を呼び出しながら辺りを見回すが、華子がいつも持ち歩いているローズゴールドの携帯は、空しく机の上で着信音を奏でるだけだった。
「…っ携帯置いてってるし…」
必ず持ち歩けと、これだけはいつも命令しているのに
社長のご令嬢ということもあり、彼女は誘拐される危険が非常に高い。人質として金を巻き上げ、そのまま返さないなんてこと、時たまある話だ。
そのため、携帯は特別仕様になっており、いつでもどこでも、緊急時は携帯に埋め込まれている発信機が作動するようになっている。
これは父の孝蔵と、京介しか知らない情報だ。華子もそれは知らされていない。
どこに行っても監視されているなんて、彼女はひどく拒むだろう。
「華っ!!どこだっ…トイレに行くなら鞄は持っていくし…!!」
「京介~。」
不意に背後で、呑気な華子の声が聞こえた気がした。慌てて振り向くとそこには
クレープを両手に持った華子の姿があった。
「混んでたぁ…。凄い美味しいって有名なクレープ屋さんだったからつい買っちゃった。」
「っ…!」
こっちの気など、知りもしないで
「馬鹿っ!!何も言わずにどっかに行くな!!なんかあったかと思うだろ!」
「っえっ…ごめん、なさい…」
「ったく…。心配して損した…」
「………っふふ…あはははっ……」
「なに笑ってんだアホ。」
こっちは本当に心配したというのに、笑うとは失礼だ。あからさまに眉間に皺を寄せた京介は、華子を叩く。
「痛いよっ…だってさ、前に来た時のお母さんと同じこと言うから…っふふ…」
あの日も、私が一人でトイレに行っちゃったあと、戻るとママが大慌てで駆け寄ってきた。
『何も言わずにどっか行かないで!!』
『何かあったと思うじゃない…!』
『もうっ…心配損だわ…』
「ありがとう。心配してくれて。」
「当たり前だろ。それでクレープ美味くなかったらキレる。」
「はいはい。どーぞ。」
悔しいことに甘いものをあまり好まない京介にも、そのクレープはとてつもなくおいしかった。それを知ってたのか、抹茶というチョイスをした華子のセンスだけは褒める。
だが
「携帯はどこかに置きっぱなしにしないでください。置き引きにでもあったらどうするんですか。」
「それはごめんなさい」
「はぁ…本当に頭悪いな。」
「腹立つ、そこまで言わなくていいでしょっ。」
「あ?」
「…ごめんなさい」
「そろそろ行くか。ほら。」
溜息交じりに立ち上がった京介は、再び華子と手を繋ぎ、色々な店を回る。
「あのストラップ…可愛い…」
しばらく見ていると、少し大人っぽい雰囲気の雑貨屋に華子の目が留まる。店頭に並んでいた大小の意思が交互に並び、最後にきれいな羽のついた、控えめなストラップを見ているようだったので、京介はそれを手に取る。
「これか?」
「ねぇ、京介。」
「ん?」
「…お、おそろい、」
その先に何を言うかわかったので、言葉を遮るように京介が口を開く。
「駄目だ。」
「まっ、まだ全部言ってない!」
「駄目に決まってるだろ。」
見られた時の事考えたら
「…ケチ」
「…っケチとかそういうんじゃ、」
弱い。
俺はこういう華子の目にとことん弱い。
「…お願い。つけなくていいから」
っくそ…モノクルつけてねぇのに
お願いを聞く義理は、ないはずなのに
「…分かった。」
「本当!?」
「ただし、俺はどこにも、」
「やったぁ!何色買う?」
「だからお前も、」
「私はピンクも良いけど白もいいな!」
「聞け馬鹿っ!」
話を全く聞いてなかったであろう華子の顔を引っ張り睨む。
「俺はケースの中に入れる。華子も目立つ所は駄目だぞ。」
「………うん」
「ん?」
急に元気がなくなったので手を放して顔を覗き込む。
「…っ少しは、喜んでくれても、いいのに」
「え、」
「私が言うから仕方なく、みたいな…」
そういうつもりじゃない、そんなんじゃない。
俺だって
「…っ酷いよ」
「違うっ!」
珍しく京介が慌てて声を荒げたので思わず華子は目を見張り、その顔を見つめた。
「…っ…分かれよ。」
「…何が?何も言わなかったらわかんないよ。」
「…とにかく買うぞ。」
「ねぇ京介っ…」
「お前と離れたくねぇから!」
「……え…?」
歩き出した京介の腕を引いて振り向かせると、彼は何とも弱弱しい、不安そうな顔をしていた。
「俺だって嬉しいし、堂々とストラップくらい持ちたい。だけどそれがバレたらどうすんだよ。」
そんな顔、させたくないのに。
「一緒にいられなくなるのが…一番嫌なんだよ」
私より色々考えてくれてたのに
わがまま言った。
「ごめん…」
「…いや、俺も声大きくし過ぎた。ごめん。」
「ううん…先の事考えててくれて、嬉しい。でも今は仕事じゃないんだから、私に言いたいこと言ってよ。隠さないで、お願い…っ」
そうか。
秘密にすることで、彼女を不安にさせてしまうのなら
「…携帯は必ず持って歩け。痩せすぎだからもう少し太れ。体に悪い。」
「はい。」
「あと習い事が嫌ならすぐに言え。それから、夜はもう少し早く寝ること。」
「わ、分かった!」
「…行くぞ。」
本当に言いたいことはもっとたくさんある。
本当に華が好きだってことも
大切でそばにいたいってことも
これから先何があっても
自分が隣にいたいってことも。
すべて伝えたい。
伝えて、愛に束縛されて
動けなくなってしまえばいい。
でもそんなの一生叶わないから
だったら口にする価値はない。
いつかその言葉が、華を苦しめることになるかもしれないから。




