8話 本領発揮
「正体を見極めろ、瑞兎。──それができるのはお前だけだ」
ぎらぎらと興奮で目を光らせている主人が、興奮を押さえながら指示を出す。
瑞兎はうなずいて着物の裏に仕舞っていた懐紙を口に咥えた。
襟を大きく広げ、胸元を晒す。
儀式のためにはそうしなければならなかった。
瑞兎は舞踊の家元に生を受けた。
幼い頃からそれは美しい舞を踊り、才能で人々を魅了してきたがしかし、その舞がいつごろか、明らかに周囲になにか影響を及ぼしていると気づいた。
自分が踊りを披露すれば、隠し事をしている相手の「正体」を暴いてしまうのだ。
そしてその力は彼の武器となった。
しなやかに伸びた手が円を描く。
長い髪の一本すらも自在に揺らめかせ、地面を足で叩けば女の周りにふわふわと光の粒が漂い始める。
手はその光を集めているのだ。
ダン、ダンと地面が鳴れば明かりも強くなる。
光が十分に異形と化している女にまとわりつくと身動きが取れなくなたせいで、怒号が響いた。
その瞬間を見計らい、瑞兎はプッと懐紙を吹き飛ばしてそれの顔に張り付ける。
もう一度足で地面を強く叩く。
ダン、という空気を引き締める音とともに白かった紙に色がかかった。
その様子をじっと見ていた陽之衛が嬉しそうに手を打ち、待っていられないと言わんばかりに庭に飛び出してくる。
息を切らして一層目を輝かせた。獲物を捕らえた鷲を彷彿とさせる。
まとわりついていた光が飛散すると中から少女が現れ、気を失ったまま地面に倒れた。おそらく彼女が今回飲み込まれた葦だ。
外傷はとくに見当たらない。
様子を伺っていた旦那が「千代!」と叫んだのが聞こえた。
これで彼女が丁稚が話てくれた田舎に帰っていた者だと確証を得る。
だが瑞兎は気を抜かなかった。
少女が一瞬意識を取り戻し、苦しそうなうめき声をあげ始める。
ここからが勝負だ。
なにやら黒い影が漂ってきて、少女の背がぼこぼこと蠢いた。
「出ます!」と瑞兎はいまかと待っている陽之衛に知らせた。
もうすぐ彼の目当てが現れる。
彼女の背が大きく裂けた。
中に見えるのは肉ではなく草た。
青々と生い茂っている。
目を見張った瑞兎の鼻に草の香りが付いた瞬間、茂みから手が伸びた。
そして出てきたのは髪の長いふっくらとした老女だ。
だが上から突如墨がかかり体が突然黒く染まっていき、瑞兎の姿を見るや否やギョロッと目を剥き悪意をさらけ出した。
『ア、アメノウズメノ、ミコト……!』
瑞兎が息を詰める。
〝こちら〟の名前を呼ばれたことで陽之衛の勘が正しかったことが証明された。
そして認識されたことで彼女の思考、記憶が一気に瑞兎の脳内に流れ込んでくる。
「やっと〝枯れ葦〟を見つけた!」
「いけません、これからが大変なんですから!」
〝枯れ葦〟のそばによろうとした陽之衛の襟をなんとかふん捕まえて自分の近くで留まらせると、瑞兎は上を完全に脱ぎ、首の付け根を叩いた。
ぼう、と肌に模様が浮かぶ。
早くしろと急かすのを落ち着かせ、ぐ、と握りしめる動作をしてから背骨を皮膚の下から抉り出すように、光がめりめりと瑞兎の体から剥がれていく。
そして露を払うように振ると、柄と刀身がはっきりと形になった。
瑞兎はひざまずき、刀を両手で持って陽之衛に献上する。
「お待たせいたしました、陽之衛様。刈りのときでございます」
うなずいて陽之衛が刀を取り、どろどろと溶けだした老女だった黒い塊と相対すれば、わずかにその胴体を震え上がらせた。
「久方ぶりの刈りだね。まずは正体が何なのか教えて」
「はい」と瑞兎が立ち上がり、膝に付いた土を払う。「キサガイヒメの葦です。名簿で見た特徴と一致していました」
「ふぅん、どうして現れたかは後で聞くとしましょうか。では」
陽之衛が刀を腰に構え、抜刀の姿勢を取る。
塊が咆哮ののちに陽之衛たちに向かって突進してきたが、刀が振るわれた鋭い音が瑞兎の耳を撫でたときには塊の動きが止まった。
刃は下か空に向かって塊を薙ぎ払った。
空気すらも切り裂いている。
一呼吸、一太刀に枯れ葦は切られたことすら気づいていない。
天高くに向いた切っ先に月の光が当たり、その刀身が美しいことを讃えている。
あれだけ騒がしかった辺りは邪が祓われたと思うほど神聖な空間に生まれ変わっている。
一瞬の迷いもなく切られた黒の塊がザワザワと揺らめいた。
次の瞬間には体中が緑色に染まり、なにかが塊をぐるりと包んだ。
「お見事」と瑞兎は泥を払った刀を陽之衛から受け取った。
覆っていた緑は植物だ。
イネの葉が塊の形に添って幾重にも重なり、風に揺れると赤紫の穂が生えてくる。
その豊穣な穂が枝垂れ、やがて緑と紫は茶色く枯れたあとに消えてなくなった。




