7話 正体あらわしたり!
旦那は奥方と一緒の寝室になれることが相当嬉しかったそうで、快く快諾してくれた。
こうしていつだって陽之衛の言う通りになるのが納得いかない。
寝巻に着替え、奥方の使っている物を身に付けた。
これで誤魔化せるはずだと陽之衛は自信満々だったが、だいたい五尺五寸もある自分が寝ていたらさすがにすぐに気づかれるのではなかろうか。
布団に入りながら緊張で喉が急速に乾いていく。
声が聞こえてくる可能性も未知数だ。
もしかしたらちゃんと奥方が寝ている部屋に行く可能性だって残っている。
「犯人がこの家にいる『意識がある人間』だったらそうするだろうね」
影で死角になった部屋の隅にいる陽之衛が作戦を始める前に言っていた言葉を思い出す。
含みを持たせた言葉の裏にある意図は瑞兎にも通じた。
(奥様が移動しているのに気づかず、かつ寝ている者が違うと認識できないならば、大方あやかしの仕業という場合もある。もしそうだった場合は私たちが対処するのは難しいのに)
いつだってその可能性があるから瑞兎は体を張るのは避けようと懇願している。
それを陽之衛は笑い飛ばして、「大丈夫だ」と自信過剰な顔で瑞兎の背中を蹴り飛ばすのだけれど。
そして陽之衛は、自らが言った通り本当に間違うことはない。
だからみんな彼のことを若様と呼び従い、この事務所の仕事が成立しているのだ。
布団の中にある手足が突然冷えてきた。
ハ、と閉じていた目を開き辺りの気配に集中しようとしたが、陽之衛から「シッ」と短く注意を受けて狸寝入りに戻る。
そうだった。寝ているふりをしていなければさすがに相手を騙せなくなる。
ごく、と唾を飲んで目を強くつむる。冷気が背中を撫でてきた感触に悲鳴をあげそうになった。
触られた、のだろうか。だったら男だと気づかれてしまう。
あ、ゃ──。
耳もとに冷たい息がかかった。一気に鳥肌が立ち、体が恐怖で震えだす。
(き、聞こえた……!)
女の声だ。金属を擦り合わせた鋭く耳障りな音に近い。
なにか言葉を吐いているようだが意味は感じ取ることはできない。
あ、ち、など複数の単語を繰り返している。
うっすらと瞼を上げ、天井の方を見ればなにかが漂っていた。
髪の毛だ。視線を動かしていけば、髪の持ち主人である女の顔が目の前にいきなり現れ、さすがに叫んだ。
顔面は蒼白で、見開かれた眼がぎょろぎょろとすさまじい速度で動いている。
口からは涎を垂らし、乱れた髪の毛が四方に伸びていた。
伸ばしてきた生白い冷えた手が瑞兎の頬を撫でる。
まるでそこから血も生気も吸われたような感覚がして、逃げるために布団から飛びだした。
「わ、わか! 若様!」と助けを求めるが、隅にいる男は神妙な顔でこちらの様子を眺めている。
「聞こえてますか! 見えますか、ここに女がいるんです!」
「驚いたことに聞こえるし見えてるよ。それで、どうするんだった?」
陽之衛の静かな落ち着いた声色に、動揺と恐怖で高ぶっていた気持ちが急激に冷静になっていく。
近づいてくる女を振り払って部屋の障子をあけ放ち、瑞兎はそのまま庭に裸足で駆けだした。
女もふわふわと浮きながら瑞兎のあとを追いかける。
騒ぎを聞きつけてきた旦那たちも急いでこちらに向かってきた。
瑞兎が対峙している異様な浮遊物を見て悲鳴をあげたあと、腰を抜かして床にしりもちをついた。
ゆっくりと月の光のもとに出てきた陽之衛にすがりついて「あれはなんですか」と叫ぶ。
陽之衛は煩わしそうに眉間にしわを寄せ、旦那を離れさせると人差し指を立てた。
旦那が顔をさらに引きつらせる。
あやかしの類か、狂った人間なのか、それとも自分たちが対処するものなのかはまだ判断がつかず、だからこそ確かめる必要がある。
「正体を見極めろ、瑞兎。──それができるのはお前だけだ」




