6話 調査中
奥方への面談でも収穫があるとは言いづらかった。
新たな情報として得たのは声の主は女性じゃないか、というものだけだったからだ。
「なにか言葉を話しているようなのです。うらめしいとか、悔しいとか、うっすらと」
しかし彼女以外に聞いたものがいないのだから、どこまでが正しい情報なのか、やはり霞の中で掴んだもの止まりだ。
夕飯をご馳走になり、与えられた部屋で行燈を眺めながら陽之衛が呻いた。
布団を整えていた瑞兎にも緊張感が漂っている。
なにせいつ声が聞こえてくるかはわかっていないからだ。
だから陽之衛は制服のままあぐらをかいていた。
「たぶんそうだと思うんだけどな。なにかが足りない気がする」
呟いた主人に、瑞兎も同じ意見なのか息を漏らした。
しかしその瞬間に「すみません」と外から声が聞こえ、二人は身構えた。
いや、男性の声だ。
それにはっきりと言葉になっていたし、勘違いを恥じながら「どうぞ」と瑞兎が応えた。
店を手伝っていた丁稚が頭を下げながら引き戸を開ける。
「夜分遅くに失礼します。どうしても話しておきたいことがありまして、少しだけですから」
「構いませんよ。旦那様の前では言いづらかった?」と陽之衛が訊く。
「いいえ、そういうわけではありません。些細なことなのです。実は、うちにはもうひとり働き手がおりまして。奥様の身の回りの世話もやっていた娘です」
「続けてください。姿を見ませんでしたが」
「田舎に戻っているんです。お二人にもずいぶんと可愛がられていましたし、すぐに帰ってくると言っていたのですが、まだ連絡すら来ず心配されておりました」
なるほど、とうなずいた陽之衛が指を数回鳴らした。
考え事をしていたり、思考を整理しているときの癖だ。
「ただそれはいいんです。一番気になったのは、あの子がいなくなってから奥様が異変に見舞われ出したということなんです。ただの偶然かと思うのですが、どうしても引っかかって……」
「そうでしたか。貴重な話をありがとうございます」
伝えたいことを終え、すっきりしたのか丁稚は丁寧にあいさつをしてから去っていった。
陽之衛がまた呻きだす。
指パッチンも激しくなってきて、思わず瑞兎が手で包んでやめさせた。
あまりやりすぎると腫れてしまう。
推理と呼ぶほどでもないが、おそらく彼の思考が整理され、事件のあらましがいまの証言のおかげで見えてきたのだろう。
眉間のしわが濃くなっている。
「若、お聞かせください」
優しくうながすと、陽之衛があぐらを解いて足を伸ばした。
「その手伝いの子はすでに戻ってきてる。だから声が聞こえるようになったんだ」
「話を端折りすぎです。私は若の頭の中を読んだりできませんよ」
「もうっ。『葦』のくせに不便だな」
「なんでもかんでも能力があるとは思わないでください。では改めて。この事件、若様には解けましたね?」
「もちろん」と陽之衛が胸を張る。
「だからそのために瑞兎には奥様になってもらおうかな」
「は? い、いえ、だからきちんと説明してくださらないと私は納得できませ……」
「説明したら納得して俺の提案をやるってことだね。よしきた」
盛大に墓穴を掘った。
ややぁっとのけぞってから瑞兎は床に突っ伏した。
これはもう「提案はなんでもやります!」と宣言したものである。
嫌々作戦は失敗に終わってしまった。
でもどうせ自分が働かなければ、この事件を解決する糸口がなくなってしまう。
わかっている。
なにせいっつもそうだから。
大仰にため息を吐いたうえで諦め、続けてください、と瑞兎は相槌を打った。
「もちろん捕まえるためだよ。俺たちの仕事をしよう。瑞兎は瑞兎の役割をこなすんだ」
「だとしても、どこに声の主が『枯れ葦』だと確証があるんです?」
「勘に決まってるじゃん。大丈夫、俺は正しいから」
「そんな些末なこと心配なんてしていません! 私は若の一声でおそらく今回も命を張るんでしょうから、もうちょっとだけでも教えていただかないと困るんです。本当にこの事件に葦が関わっていると? 人間が起こした事件の可能性はひとつもないと言えるのですか」
「奥さんの状態を見たけどかなり憔悴していただろ。でも薬屋の者が処方を誤るなんてありえない。医者にも診せてるはずだ。それでも手を尽くしたのにダメだった、って旦那さんは言ってたわけだから」
「えぇ。毒を盛られたりしていたらもっと早くに最悪な事態になっているはずです。では呪いの線は?」
「ここはもともと神社を移築したものだっけ。力を感じた?」
「かすかですが……」
「だったらそっちの線もなし。神様がおわした上に力が残っているなら呪いなんて跳ね返すからね。行動に移すには十分な理由じゃん。瑞兎は困っている人間を放っておくわけ?」
「そ、そんなわけありません! ただ、もっと穏便な方法がいいんです。この前みたいに突然クマが出てきたらさすがに死にます」
「死なせないから大丈夫。俺もすぐ対応できるようにちゃんとそばにいるから。はいこの話は終わり」
ぐだぐだしつこい瑞兎がうざったかったのか、陽之衛が数回首を縦に振ると部屋を出ていこうとした。
急いで袖を捕まえて足を止めさせる。
もう夜も更けてきて辺りはまったくもって静かだ。
犬の鳴き声すらしないこんな時間に、「奥様とうちの助手を入れ替えます」なんて横暴な対応を通すなんて無茶に決まっている。
どうにか止めようとしても、こうと決めたらそうなるまで絶対に引かない人だから無謀だった。
結局瑞兎の手は簡単にはがされて陽之衛は外に出ていった。




