5話 調査開始!
翌日、学校から直行した陽之衛と瑞兎はきちんと夕方になってから依頼元の薬屋の前に来た。
「ついた。さて、どこから手を付けよっかなー」
楽しそうにしている陽之衛の横で瑞兎が神妙な面持ちで神社のような店構えを眺める。
敷居をまたぐか少々迷いがあるようだ。悪趣味だなと呆れているという方が正しい。
小さな町に似合わないほどの大きな店で、それも宮大工の華麗な手仕事や、寸分狂いなく組まれた木材を確認するに、まさに一見すると立派な神社に見える。
思わず木に触れてみると、かすかに指先がしびれた。
(本物の社を使ってるのか──。木の感じも古そうだし、移築してきたのかしら)
指に残った感触を確かめつつ、瑞兎もようやく店の中へ足を踏み入れた。
すると、ゾゾゾッと背骨を悪寒が駆け抜けた。まるで直に骨をなぞられた感覚に短く悲鳴をあげて見回す。
なにもおかしいところはない、中はいたって普通の店だった。
(若のところに話が来ただけある。いるなぁ、それもかなり厄介そうなのが)
品物を物色している陽之衛を放っておき、瑞兎はさらに細かく店内を観察した。
薬の匂いに勘が鈍りそうだ。
注意深く見ても特段変わったところはなく、趣のある風合いの中にハイカラな装飾が合わさり、この店の人気具合にも納得する。
外と違い、店内は薬屋として真面目に仕事をするために改修されている。
少し足を進めれば太い支柱があった。手をかざすと、やはりかすかに力の流れを感じる。
社だった頃の名残だなと瑞兎は手を離した。
「祖父が神仏が好きでして。廃社になったものを持ってきたんです。異様ですよね」
不意に優し気な声が聞こえ、柱に当てていた手を離した。
振り向けば、声の印象通りにひょろりとした眼鏡の青年が立っていた。
この薬屋を営んでいる旦那だ。茶色がかった髪が手入れされずにボサボサのままでどこかやつれているように見えた。
奥方のことで心労が絶えないのだろう。
「警察から話は聞いております。調査に来てくださった方々ですか?」
「えぇ。高千穂よろづ事務所の、あちらが所長の高千穂、私は助手の大宮と申します。さっそくで申し訳ないのですが、奥方の調子はいかかでしょうか」
「寝たきりです」と旦那が肩を落とす。
「食事も喉を通らないらしく、ずっとおびえています。早く解決してやりたいのにうまくいかず、ふがいないばかりです」
「心中お察しします。では改めてお訊きしたいのですが、奥方が謎の声を聞くようになったのはいつからでしょうか」
「二週間ほど前だったかに『少し前から変な音が夜に聞こえる』と言われました。なので正確にはわからないのです。最初は近所の犬の鳴き声か、風の音だろうと妻も私もたいして気にしていませんでした。ただどうもおさまる気配がなくて、それで警察に相談を……」
「奥様は音ではなく、声になったと気づいたのですね」
旦那が顔を伏せた。陽之衛もこちらにやってきて旦那の様子を静かに伺っていたが、顎に手を当てて首を傾げた。
向こうで薬の話を聞きつつも注意を向けていたようだ。
「普段から別々に寝ているんですか? すみません、夫婦って一緒に寝るものでしょう?」
瑞兎の代わりに陽之衛が質問を飛ばしてくる。
旦那はためらいつつもうなずいた。
「ちょうど私がしばらく足を痛めていたものですから、妻が気を使ってくれて寝室を分けていたんです。足は治りましたが、声のせいで私にもしものことがあったら事だと聞かなくて」
「あなたは変な声を聞きました?」
「それが、」と一度丁稚と顔を合わせてから否定した。
「聞こえないのです。三日ほど見張ってみましたが、妻が苦しみだしても何の音もありませんでした。この店のだれも、私と同じく聞いていません。警察も同じです」
「だから俺たちのところにお鉢が回ってきたわけだしね。ちょっと失礼します」
質問の答えに満足したらしく、陽之衛は瑞兎の腕を引いて旦那から離れた。
しかしすぐに肩を落としてうつむく。
内容は大方手紙に書いてあった通りだ。
彼も警察に話を聞いておいたようで、同様だったからつまらなかったのだろう、髪の毛をいじりつつ補足した。
「聞き込みを行った限りは、夫婦関係に問題はなかったそうだよ。店も繁盛しているし、旦那さんはよくやってるって。だからこそ近所の人も心を痛めてるとか」
「印象そのままですね」
「なにか気になるところはあった?」
「では、ひとつ。若はこの店構えをどう思われますか」
訊かれ、陽之衛が店から外に出てしばらく外観を眺める。
とと、と早足に帰ってきて眉間にしわを寄せた。
「なんともまぁ……。あの旦那さんはやりそうにないけど、どういうこと?」
やはり瑞兎と一緒で神社が店になっているのがおかしく映るのだろう。瑞兎が旦那から聞いたのと同じことを伝えると、若様はうーんとうなり、考える仕草を取ってから指を鳴らした。とっさに瑞兎の足が一歩さがる。
嫌な予感だ。
こういうときの指パッチンはこちらに大いなる災いや困難をもたらす合図でもある。
いざとなったら逃げるべきだと脳の奥から警告が流れ始めた。
例えば前にはクマと戦えと言われたし、その前は糞尿の中に顔を突っ込めと命令された。
いずれも必要なことではあったが、どれだけ嫌だと叫んでも止めてくれなかった。
またあんな無茶ぶりをさせられるなんてたまったものではない。
「若、一度家に戻って考えませんか」
「なんで? 夜に確かめるっきゃないじゃん。行動するなら早い方がいいし。というわけで瑞兎」
「嫌です」
「早い。まだ何も言ってない」
「だっていつもそうやって若は相談なしに私に嫌なことをさせるではありませんか!」
「そうだっけ。でも瑞兎は優しいから今回もやってくれるよね。俺は人間だから危ない目に合わせられないでしょ」
ぐぬぬ、とうなりつつうなずいた。彼の言う通りだ。
だから嫌だと申し上げているのに伝わらない。
せめてこれが人間が起こしただけの事件であってくれたらどれほど楽だろう。
そうだ、それを確認するのもこの仕事の大事な部分ではあるけれど……、だからって人間〝ではない〟瑞兎にならなにをしてもいいという道理が通るはずないなのだ。
「さて、あとは奥さんにも話を聞いてみよう。それで夜にどうするか作戦をたてるよ」
「嫌だ~~~」
拒絶を繰り返しても陽之衛にむんずと襟を掴まれる。そのままずるずると中に引きずられていくしかなった。




