58話 こっちが本命
息はまだあると確認してから、陽之衛は赤穂の実りが終わり、枯れていく元大蛇に手を伸ばした。
稲の中をまさぐると、中から何かを掴んで引っ張り出す。
それをぎゅうっと両手でつぶして固めていると、慌てて近づいてきていた将志郎と瑞兎に振り返ってニヤニヤ笑う。
二人もその行動に首を傾げた。
「お怪我はないですか? というかなにをしてるです?」
「こいついっぱい葦を食べてたからさ、よしできた」
ほら、と見せてきた掌の上には饅頭が乗っていた。
なぜか丁寧に蛇の焼き印が押されていて、嫌な予感が瑞兎の空っぽになった背を震わせる。
なので何か言われる前に首を思いっきり横に振り、陽之衛に返そうと押し付けるがもちろん受け取ってもらえない。
「あの、まさかこれを食べろって言うんじゃ……」
「そうだよ。だってこれが俺の目的だったんだから。早く食べなさい!」
瑞兎は白い饅頭を見つめながら唾を飲みこんだ。
おいしそうだからでは決してなく、つまりこの饅頭にはいままで大蛇が食べた枯れ葦が詰まっていることを指すからだ。
刀で地道に刈ってきたのとは比にならない量がこの中に詰まっていると考えたらとても口に入れる気は起きない。
将志郎に助けを求めたが、彼も真剣な顔で「食うんだ」と言ってきた。
「な、なんでそっちがわに!」
「それを食えば君の寿命が延びるということだろう? 俺は理解できたよ」
「でもそうしたら私がヤマタノオロチになってしまいませんか!?」
「そんなわけないだろ」と陽之衛は呆れて否定した。
そして瑞兎の口に無理やり近づけてくる。
将志郎も顎を掴んできたから思わず口を開けてしまい、その中にぽいっと饅頭を放り込まれ、抗議をする前に歯で柔らかい皮を噛んでいた。
「もご、も、ん? 甘い?」
食べたことのない甘味の味にうっかり瑞兎は夢中になる。
噛めば噛むほどあおあおしい匂いが広がってきて、なのに苦味はなく爽やかさと甘さが同時に口内を満たした。
皮ももちもちとしており、ほのかに温かい。
砂糖の甘さとは違う。
けれどとにかくおいしかった。
しばらく咀嚼し続け、飲み込んでもっと食べたい、となごりおしくなったとき体に変化が訪れる。
溶けて泥になっていた足が元に戻ったのだ。
抱きかかえてくれていた将志郎に放してもらい、おそるおそる地面に足をつけるとちゃんと立てる。
わ、と陽之衛に抱き着いて「よかった!」と瑞兎は叫んだ。
「見てください、ほら! 無事です! 瑞兎は無事ですよ、若!」
「わかってるってば、うるさいな! さっきはあんなに食べるの嫌がってたくせに、臆病者なんだから……」
ぎゅーっと頬を引っ張られ痛みと一緒に喜びの涙が出てきた。
一度、いや二度も死にかけて、覚悟まで決めたくらいなのに今回も陽之衛のおかげでこの命が長生きしたのだ。
嬉しくってたまらない。
「まだずっとおそばにいますからね、若が嫌だって言っても離れてやらないんですから」
「や、やだよ。俺だってたまには一人になりたいときあるし!」
「あんなに毎日人に世話を頼んでおいて一人になりたいですって!? どの口が言ってるんですか!」
なにを、と陽之衛が応戦しようと拳を振り上げたが、その手は八咫に掴まれて彼の体が宙に浮いた。
どうやらうるさくしすぎたようだ。
気づけば辺りには警察が大量に来ており、鹿島の姿も見えた。
いつの間にかヒサベルも回収されたのか消えている。
病院に運ばれているといいが、彼女自体が外国人である以上、結局政府が絡んできて厄介なことになりそうだ。
「それでは行きましょう。若君は借りますよ。あぁ、刀は返しておきます。危ないですから」
「は、はぁ」
たんたんと告げた八咫に陽之衛はついに連行されてしまった。
きっとこのあととんでもなく長い事情聴取が待っているだろう。
かわいそうだが、おそらく数日間は家に帰ってこないのではないか。
いままで好き勝手やってきたつけ分しっかり絞られてきてほしいものだ。
瑞兎は鹿島たちに怒られている陽之衛を妄想し笑みを浮かべる。
すぐに口元を揉んで真面目な顔に戻した。




