59話 おつかれさまでした!またどうぞ
野菜たちの収穫、鶏舎の掃除もきちんと終わらせ瑞兎は駆け足で勝手口から家に戻った。
台所で採ってきた食材を丁寧に洗い、夕飯の献立を考える。
昼はそうめんだったが、肉が安く手に入ったからオムライスでも作ろうか。
最近洋食を作っていなかったからきっと陽之衛も喜ぶだろう。
卵の残りを数えてから移動すると、壁にかかった鏡に自分の姿が映った。
じっと見つめる目は前まではたしかにきれいな黒だったはずなのに、いまは透き通った翡翠色になっている。
まぶたを指で持ち上げて何度も確認しても色は変わることはない。
いや、むしろ変わってしまったというのが正しいのだけれど、と大きくため息が出た。
乾いた目を潤すためにまばたきをする。
ヤマタノオロチから抜き取った饅頭を食べてすぐには黒いままだったのだが、一晩すぎるとヒサベルと同じ翡翠色になっていたのだ。
日本人らしい顔立ちなのに変色したことにしばらくは気分が落ちてしまって外出ができなかった。
知り合いたちに説明するのも大変だった。
病気を疑われたりなんだり、いまは将志郎が持ってきてくれた眼鏡をかけて誤魔化すことにしている。
軽快に玉ねぎを刻みながら、応接間から賑やかな笑い声が聞こえてきたのに耳を澄ませた。
今日も依頼人が来ているおかげで陽之衛の機嫌がいいようだ。
最近はこういう時間が増え、陽之衛が社交に対する興味を持ち始めている。
大きな事件を乗り越え、高千穂オカルト事務所はなんと名を売ることに成功したからだ。
子どもたちからの依頼ももちろんこなしている。
けれどきっかけは実はとある新聞社の企画に参加したことだった。
というのもやはり『オカルト』というのは若者たちに人気があるそうで、各社が競って記事をもりあげようと話題を募集しているのを瑞兎が気づいたからである。
筆を執ったことは一度もなかったが、瑞兎は将志郎に手伝ってもらいながら、あくまで〝噂〟として神様や葦のことを書いてみた。
もちろんからまれたら厄介なので陽之衛には内緒で始めた。
かまいたち事件の話は、もともと雑誌がとり上げていたこともあり、とても好評で謝礼まで出るほど人気記事になったという。
気をよくしてヤマタノオロチとの話もまとめてみると、あまりに創作すぎるとさすがに一蹴されてしまった。
しかし読者の一人にいたとある出版社の編集が読んでいたらしく、えらくお気に召したからと連絡をくれた。
それで連載までこぎつけてしまったのだ。
どこもかしこも怪談や妖怪、幽霊やら未知の者に対する関心が強いのかいまのところ終了せずに続けられている。
時間ができたときはオカルト調査で集まったものをまとめて、雑誌に載せてもらい、助手と舞踊と作家の三足の草鞋を履くことになってしまった。
でも楽しいせいで作家業の方が比率が大きくなっている。
なにより話の中に必ず自分たち事務所の名前を出すのを心掛けた。
すると「どうやらあの事務所は本当に存在している」と噂が噂を呼び、依頼人が訪れるようになり、依頼人の数が圧倒的に増えていったというわけだ。
予想外だったのは執筆者である瑞兎に追っかけができてしまったことだが、陽之衛にはむしろもっと人気になれと煽られている。
これについては将志郎だけが機嫌が悪くなっていた。
瑞兎に握手を求めてきた客をなんとか阻んでいて、陽之衛が腹を抱えて笑っていたのも記憶に新しい。
炒めた食材の上にご飯を投入する。
塩コショウで味を調えてから卵をじゅわ、と流し込んで手際よく包んだ。
皿に盛っているところで、依頼人との話し合いが終わったのか陽之衛が台所に駆け込んでくる。
「ねぇ、さっきの依頼、もしかしたら葦かもよ! 久しぶりに腕が鳴るなぁ」
「それはよかったですね」と返事をして皿を陽之衛に差し出した。
「食堂に移動しましょう。食べながら詳しく聞きますから」
はいはい、と陽之衛が大人しく受け取ってそのまま二人で隣の部屋に移り、並んで席に座る。
「オロチがいなくなってからだいぶ数は減ってるからさ、このままなくなるもんかと思ったけどそうでもなかったね」
「ですねぇ。葦がこの世にいる以上発生してしまうものなんでしょう。信仰がある限りは私たちも健在ですから。でも私、まだ新しい刀になれてなくって背中がむず痒いんです」
「あぁ、アメノハバギリ戻してもらったもんね。本当は将志郎の家に置いておいた草薙の写しでも十分だったのに」
ややぁっと陽之衛の口を手でふさいで顔を横に振る。
ここに将志郎がいなくてよかったと心からほっとしつつ、ため息が出た。
ヤマタノオロチを切った刀は人間のものだと堂々と言っていたが、実はそんなことはまったくなかった。
陽之衛がいつかなにかあったときのためにすり替えていた、と後から発覚したのだ。
結局将志郎にまた秘密ができてしまい、瑞兎はいつバレるかどうかおびえている。
その前にどうにか普通の刀に戻しておきたいと計画こそするものの、寸前で陽之衛に見つかって失敗していた。
オムライスを二人で食べ進めつつ、投稿する原稿の話も盛り上がり、気づけばあっという間に夜になる。
明日も大学に行かせるために陽之衛を部屋に押し込み、ねずみたちに手伝ってもらいながら軽く家事を済ませて瑞兎も自室へ戻った。
書きかけていた文章を進めようと机の上の明かりをつける。
夜風が気持ちよく吹いてきて、目を細めれば月にうさぎが見えた気がした。
(まさかこんな未来が待っているなんて、幼いころの私が知ったら驚くだろうな……)
誕生日にもらった万年筆が役立つことだって考えてもいなかった。
葦の力でしか役に立てないと泣いていたあの頃と違い、こうして筆を執ることで人を喜ばせることも、陽之衛を支えることだってできている。
ふふ、と思わず笑い出してから、窓を閉じる。
「明日も面白いことが起こりますように、なんてね」
鶏の卵から鷲が生まれるような、ねずみが蛇を倒すような、そんな未来がもっと訪れて欲しい。
さて、もしそんな出来ごとの話を聞いたり、身近で起きましたらぜひ『高千穂オカルト調査事務所』までご連絡ください。
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