55話 それでもできることがある
擦り続けてみれば、少しだけ紐の繊維の中に光が走った気がした。
この光の流れを瑞兎は知っている。
(力が流れている……? しかもこれは、私たちと同じ?)
神社を触ったり葦たちと触れ合ったりするときに感じるものと似ている。
血液のようなもので、明確に流れがあるのだ。
土地であれば地表や地下に広がっていく。
人体であればまさに血液と一緒に循環する。
なにか大それたことをするために必要というわけではないが、生きている限り流れ続ける、いわば源そのものと言っていい。
そんなものがこの紐すべてに流れているとわかり、瑞兎は困惑した。
葦か、もしくは神から力を授かったもの、神たちと関係がなければ力を感じることはない。
そしてさらにひらめきは連続して小爆発を彼の脳内に起こした。
痺れ、まさかと記憶を手繰り寄せる。
ヒサベルに触れられた肌がひりついたのも、もしかしたらこれを感じ取っていたからではないのか?
(そうだ、犯人は葦かもしれないってこと、忘れてた)
ならば自分を捕らえているこれらにも正体があるはずだ。
なによりも、これらは忌々しい枯れ葦の泥なのだ。
いまは力を感じたおかげで確信へと近づいていく。
だったらやるべきことはたった一つだろう。
幼いときよりずっと教えこまれてきた言葉が脳内を埋め尽くす。
──舞え。
その言葉が耳の奥から、鈴を鳴らしたみたいにきれいな少年の声が呼びかけてきた。
愛らしい栗毛が目の端にチラつく。
『舞え、瑞兎』
無茶を言わないでください、と苦笑してしまった。
いつもできないことをやろうとして失敗してもくじけず、次の手を模索して人を巻き込みあげくに神様にだって喧嘩を売るだれかとは違う。
こんなにがんじがらめにされた上に骨だって折れているのに、どう踊れというのだ。
『正体を暴け』
足の先ももう枯れ始めている。
結局まだあの屋敷の夜から抜け出せていない。
でもまた貴方に起こされるなんて、他の人なら御免こうむるだろうにこんなに嬉しくなるなんて、よく懐柔されたものだ。
どれだけ振り払っても声は瑞兎を呼びかけ続ける。
役目を果たせと厳しく追及する。
いよいよ嫌になってきた。
このまま眠り続けて無視してやりたい。
ダメに決まっている。
もしあの蛇がいずれ将志郎にも牙を剥き、自分や親友を失った陽之衛をじっくり苦しめたうえで手をかけたら、と想像するだけで燃え滾るような怒りと悲しみと憎しみが湧いてくる。
どうするべきか?
さっきからうるさい主人の言う通り、さっさとやるべきことをやって片を付けてしまえばいいのだ。
『見極めろ。それができるのは』
「わかってますよ、……それができるのは私だけなんでしょう!」
激痛に堪えて固くなっている紐を手で強く叩く。拍子を刻み、呼吸を整え、足の代わりに手を打ち付ける。
光の粒子がふわっと紐と手の間から漏れた。
ダン、ダン、と繰り返すと光は紐にくっついていき、流れに加わり大きく膨張し始める。
それが熱となったのか、固まっていた泥がじょじょに融解していき、腕が自由になる気配を感じた。
瑞兎は引きちぎるように絡みついていた拘束を払う。
ブチブチと繊維の切れる音が空間に反響した。
「見せろ!」
叫び声とともに思い切り力を込め柏手を打つ。
骨も筋肉もどうなっても構わない。いま私にできる最大限の〝意味〟をぶつけてやる。
その瞬間、視界が真っ白になった。
「おはよう、瑞兎。俺よりも遅く起きるだなんてずいぶんいいご身分だね」




