54話 やらかしちゃった
痛みで瑞兎は少しだけ意識を取り戻した。
ぴく、と指が動き、うっすらとまぶたが開く。
己の体に意思が行き渡ったおかげで、生きてる、と実感が沸き驚いた。
かすむ視界をなんとか鮮明にしようと目を凝らす。
肌が焼けたんじゃないかと錯覚しそうなほど痛いが、黒い血が流れているだけで火にあぶられているわけではなかった。
腕も足も何かに縛り付けられているからまったく動かない。
気絶する前に絡みついていた蛇を思い出したが、温かさは感じず氷よりも冷たいものだった。
深呼吸を試みたが、空気を吸ったところで肺にも痛みが走り激しく咳き込んでしまう。
(蛇の腹の中……)
もうすでに食われたのかもしれない。
あとはゆっくりと大蛇の栄養分として溶けていくのを意識を持ったまま待つばかりなのだろうか。
いや、あるいはもう死んでいて魂が彷徨っている状態なのか。
瑞兎は目に血が沁みたせいでまばたきを繰り返し、かぶりを振った。
(痛みを感じるってことはまだ生きてるんだ。どうにか状況を探らないと)
ギチギチに固められている腕を動かそうとひねる。
だが締め付けが強くなって思わず悲鳴をあげた。
おかげで声を出せると気づいたが、また気絶しそうになったので大人しくじっとする。
(そういえば骨を折られたんだった。我ながらよく生きていたなぁ)
ここまで痛みが強いと逆に冷静になるものらしい。
辺りは真っ暗だ。
しかしまったくの暗闇というわけではなく、なぜか自分を認識できた。
例えばいま視線を動かしてみれば、手足が黒い紐に結ばれているのが見える。
その紐は腹から足にかけても巻き付いていた。
粘着質の雫がゆっくりと垂れ落ちている。
何度も嫌というほど見てきたものと瓜二つだ。
つまり枯れ葦が生み出す泥と同じだった。
衝動のまま叫び出したい気持ちは痛みで押さえつけられ、がっくりとうなだれた瑞兎の血も紐にぽたぽたと落ちる。
黒いからすぐに混ざってわからなくなった。
どこからか光が当たっていなければ自分の姿を見れるだなんておかしい。
首を伸ばして見回してみる。
音もなく静かな空間にはどうやら行き止まりがあるようで、「あーっ」と大きな声を出してみると反響で返ってきた。
どうしたものかな、と冷え切っている紐を手で撫でる。
冷たいそれはなにも返してくれない。
真っ暗闇に自分の顔が反射で写った気がして真正面は向けなかった。
なんて情けない。
簡単に敵に捕まって、あげくに養分にされようとしているとは何事だ。
スサノオノミコトである陽之衛に仕えておきながら、役に立つために出来たことはひとつもなく死にゆくのを待つこの状況。
瑞兎は泣きそうになり、鼻の奥がまたツンと沁みる。
いっそこのまま死んで、次のアメノウズメノミコトの葦に役目を渡した方が良いんだ。
悲観的な感情がとどまることなく瑞兎の意識の中で膨らんでいく。
次の葦は産まれるまでに時間がかかるだろうが、その間は八咫や鹿島が守ってくれるはずだし、将志郎だっている。
少なくとも自分よりはずっと頼りになる人たちにいまは囲まれているから、屋敷を出たときより安全になった。
だから本来の正しいやり方で代替わりするべきだ。
力もなくて踊ることしかできず、疑いもせず策略に落ちて捕まった自分の情けなさは歴代最低だろう。
もっと頭が良くて、腕っ節もあって、若と気が合う子が現れて欲しい。
(私はあまりできた子ではなかったから、次はきちんと役目を果たせる子が来るべき──)
続く言葉は脳が拒絶した。
何度繰り返し考えてもその寸前で止まる。
だって言いたくないんだもの。
それだけは嫌だから。
嫌だったからずっと考えないようにしてきた。
(あの若のわがままに耐えられるには忍耐と根気と受け入れる覚悟がいる。可能な人を待つだなんて一体何年かかるんだ)
うなだれた頭は重いし、口内は乾いて喉も張り付いている。
強い痛みに意識を手放しそうだ。
だから必死に考える。
そのすべてが出来る子なんて、高天原がひっくり返ってもなかなか現れたりしないだろう。
(なにもできない、役に立てない、なよなよして情けない! でも若は、そばに置いてくれた。飽きずに十年も……)
甘えていた自覚はある。
陽之衛が許してくれるから、瑞兎もだんだんわがままになっていった。
あの屋敷で心を殺して刈穫し続けるはずだった大嫌いな未来を変えてくれた。
報いたい。
自分だって若を守りたい。
できないのが悔しくてたまらないから、涙が出てくる。
置いていかないで、と叫びたくなる。
あのときと一緒だ。
みんなを死なせてしまった夜と変われていないじゃないか。
刀が振るえなくても、空を飛べなくても、頭が良くなくてもたったひとつだけ陽之衛のために出来ることがあれば。
それだけで十分じゃないのか。
自分がいる意味があるから、みんながあの人の傍にいることを許してくれているんだ。
「なんとかならないのかよ!」
渾身の悔しさを込めて握った拳を上にあげる。
そのまま全部ぶっ壊したいと願いながら紐を思い切り殴った。
しかしその瞬間かすかに肌に痺れが走った。
へ、と息が口から漏れる。
最初は勘違いかと思ったが、手を押し付けてみると痺れがだんだんと確かな感触になっていく。




