53話 わかっていますとも
ヒサベルの口元が引きつる。
余裕が崩れ始めている彼女の表情に気をよくした陽之衛は腕を組んだ。
首を傾げ、鼻を鳴らしてから背後のゆがみに焦点を合わせる。
「こっちからも質問するか。どこで俺のことを知った?」
「葦たちの住処、あの屋敷はわたくしが懇意にしているレストランでしたわ。一人シェフがいればいくらでもディナーを用意してくださっていたの。なのになんだか突然慌ただしくなって、どうやら蛇を探している者がいると突き止めた」
陽之衛は返事はせずに、数回うなずくと刀の柄を手で撫でた。
話を聞くまでは抜かないのをわかっている上で、ヒサベルも陽之衛を見下ろし揶揄うように笑う。
「わざわざ探すのは面倒ですし、だったら全員食らった方が早いでしょう? おかげで貴方というスサノオの依り代も見つけられた。代償は大きかったわ。なにせ逃げるために国を越えなければならなかったんですもの」
「その対価に見合う報酬はあったの? わざわざ戻ってきて俺にちょっかいをかけるのは楽しかった?」
「えぇ」と手を叩いて顔の横に当てた彼女が恍惚の表情を浮かべる。
すると後ろのゆがみが大きく膨張し、突如縦にぐいと伸びた。
ハ、と危機を察知しすぐに半歩後ろにさがり、陽之衛は抜刀の姿勢を取る。
さっきから彼女の態度に余裕があるのが不思議ではあった。
並んだ瞬間に切り捨てられる可能性もあるのに、長く会話に興じていたのも「絶対的な安全」を確保しているからでは、と考えこそすれ理由まではわからない。
だとすれば、後ろの得体の知れない物体が彼女の自信につながっていると踏んだ。
さて、ならばこれからなにが出てくる。
果たして対処できるものなのか。
どんな怪物が出てくるやら、陽之衛は少し胸が高揚しているのをバレないように口をきつく結んだ。
地響きが鳴る。両腕を勢いよく広げたヒサベルが「ご覧あれ!」と叫んだ。
ゆがみはどんどん大きくなると長い筒状のものになりとぐろを巻き始める。
そして黒い筒の中に陽之衛はなにかを見つけた。
「あーぁ、そんなところで呑気に寝ちゃって、もう!」
がんじがらめにされた彼の従者がいまかいまかと消化されるのを待っていたのだ。
状況は思ったよりもずっと悪い。
「最後の時間稼ぎができましたわ。ご協力ありがとう。あとはこの子を消化してしまえばわたくしの勝ち」
「そこまでしゃべっちゃっていいんだ?」
「余裕のなさが声にあらわれていてよ」
この位置からではあの暗闇の中で瑞兎が息をしているかどうかもわからない。
チ、と舌打ちをして近づいてきたヒサベルから距離を開けるためにまた半歩さがった。
捕まえた獲物を披露したのに満足したのか、ヒサベルが指を鳴らすと瑞兎の姿は見えなくなってしまった。
さすがにいきなり腹に収まっているのは予想外だった。
嬲った後に目の前で食っているところを見せるものかと思っていたせいで、まさかもう食事済みとは少々驚きが隠せない。
まだ形を保っているから死んではいないはずだ、いや、そうであってくれという希望を持ちたくて唇を噛む。
「さぁ、まだなにか話すことはおあり?」
「……どうやらないみたいだね」
時間稼ぎとは好きにやられたものだと陽之衛も一瞬だけ反省する。
苛立ちと怒りにすぐかき消され、歯を食いしばりながらいよいよ本格的に刀を抜くために柄を握った手に力を込めた。
「どいつもこいつも俺の上から騒ぐのが好きみたいで本当に嫌になる! おい、瑞兎! いつまで寝てるんだ!」
「呼びかけても無駄よ。──ハン?」
なにやら小さく音がした。かすかすぎて最初は聞き間違いかと思ったが、パン、パン、と連続でなにかが爆ぜるような音が連続で響き、さすがにヒサベルも陽之衛も様子がおかしいと気づく。
黒い塊が苦しそうに悶えながら絶叫を始めた。




