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52話 お決まりのように

 八咫の姿を追いかけるために陽之衛たちは馬の背にまたがっていた。


 将志郎に乗馬の心得があったため、一番速い馬を借りたのだ。


 警察署から目的地までは相当距離がある。


 休むことなく走り続け、やっと目的地に着いたときには上空を八咫烏たちが数え切れぬほど覆っていた。


 カァカァとやかましく鳴き続け、遅れてやってきた陽之衛たちを批難しているようにも聞こえる。


 しかしそのうちの一匹が突如落下した。


 見間違いかと目をこすると次々に鳥たちが空から落ちていくではないか。


 烏たちは飛んできたなにかに丁寧に撃ち落とされているらしく、その数を減らしていっている。


 急いで辺りを回した。耳をすましても銃声は聞こえない。


 二人は顔を見合わせてから、馬のまま境内へと急いだ。


 崩れかけている石畳の上を蹄で走らせることに罪悪感を覚えながら、落ちている鳥たちの様子を改めて確認した。


 仰向けにひっくり返り、嘴を開けたまま恐らく絶命している。


 異臭が漂ってきた。烏たちの体には黒い泥が付いており、わずかに乾燥し始めている。


 将志郎が息を飲みながら手綱を握りしめた。


「ど、どうして急に……」


「あたりだってことだ。馬は置いていこう、死なせたらまずい」


 乗ってきた馬の様子がおかしくなっているのには将志郎も気づいている。


 落ち着きなく首を振って鼻息が荒い。この先にどんなものがいるのか、動物の本能で察しているのかもしれない。


 馬は舞殿の近くに停めておいた。


 本当は神社から外に出してやった方がいいのだろうが、そんな時間はなかった。


 二人が唐門へと向かっている途中で「ピーッ」と笛の音が響く。


 先に到着していた八咫が吹いたのだろう。


 鳥たちが合図により一斉に方々に飛んで消えていく。


 おかげで薄暗かった一帯が明るくなった、と思いかけた。


 しかし陽が差してくることはなく、曇天の日と錯覚するほど暗いままだ。


 その理由はすぐに判明する。


 唐門から拝殿へと続く道に陽之衛が立ったとき、思いがけもしなかった光景に思わず目を見開いて「まさか」と驚嘆をこぼした。


 そこにはヒサベルという外国人の女が、瑞兎を拘束して待ち構えているはずだった。


 ならば目の前はどうなっている。


 そこには陽之衛の予想とは違った光景があった。


「ずいぶんと支度に時間がかかるのね、若様」


 開かれていた翡翠色の目は暗い中でも光っているように見えた。


 たしかにヒサベルは拝殿の前に立ち指をくるくると回して髪を弄っている。


 そう、手紙をよこしてきた彼女はきちんとここで待っていたのだ。


 けれどざっと確認しても瑞兎の姿はなく、代わりに彼女の背後の空間がうごめいていた。


 目を凝らしても歪みがあるだけでほかに人影はない。


 陽之衛の額に冷汗が浮かぶ。


 動揺を誤魔化すために陽之衛は軽く息を吐いて、走ってきたせいでズレた帽子の位置を整えた。


 焦るな、と己に言い聞かせる。隙を見せてはダメだ。


「なんだ、暇すぎてもう食ったの?」


「あら、その口ぶりだともう気づいてらっしゃるようで。面白くないわ」


 言うと、ヒサベルは牙を剥き出しにするように口の端を釣り上げた。


 顔を手で覆うと、緑の目は赤色へと変貌しチラ、と覗いた舌も先端が二又に分かれており、あの術式がしっかりと刻まれている。


 まさしく爬虫類を思わせるヒビが肌に走り、レースの手袋を外した手は爪が鋭く尖っていた。


 かろうじて人間の形を保っているだけで、もはや人ならざるものの雰囲気を漂わせた彼女に、背後にいた将志郎が「うっ」と呻いた。


「ここまでずいぶんと頑張って策略を巡らせていたのに、どうして我慢できなかったんだ」


「ふふ、もうわかってるんでしょ。遠回りせずに仰って下さる? わたくしが葦たちになにをしたか。その目的は?」


 挑発的な態度に、将志郎が刀に手をかけた音が聞こえた。


 呆れて振り返れば額に青筋を浮かばせてヒサベルをにらみつけている。


 合図でも言ってやれば今にでも切り倒しに行きそうだ。


 かぶりを振ってから頬を叩いて目を覚まさせてやった。


 わかってはいたが、易々と相手の策略にハマるなんてとんでもないアホだと呆れる。


 危ないので刀を奪って自分の腰にさし、再度ヒサベルに向き合うと陽之衛は足を一歩前に出した。


 烏が去った今、境内は静かだ。


 八咫の位置を確認すると社殿の端の方に留まって様子を伺っていた。


「お前ははるか神話の時代にスサノオに敗れた後、残滓をずっと地下で育てていた。そして神が〝葦〟という遣いを生み出していることを知り、なんとか地上に戻ってきてその葦たちを餌にした」


「簡潔にわかりやすく説明してくださってありがとう」


「理由は単純で、力を戻すためだ。いずれ生まれてくるであろうスサノオの葦を食って失った力をすべて取り戻したい」


「そうよ」とヒサベルはあっさり認めて喉を転がして笑った。


「けれどおかしいの。葦をどれだけ狩ってもあのお方の遣いは現れなくて……。こんなに焦がれているのにどこにいらしたのかしら」


 カツ、と靴音が止まる。


 陽之衛はヒサベルの目と鼻の先で立ち止まり、にこりと優しく微笑んだ。


「だれからも聞かなかったのか? あぁ、聞く前に食ったのか。とんだバカだな、獣らしい。いくら待っても葦なんか生まれないよ」

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