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51話 さぁ始まったぞ

 知らせはねずみと烏から突如として全員に届いた。


 八咫の元にいた陽之衛と将志郎は顔を強張らせ、報を持ってきた一羽と一匹をじっと見つめる。


 八咫は青年たちの背中を一瞥した。


「瑞兎がさらわれました。──外国人の女が連れ去ったということです」


「あー、いよいよ動き出したか」


 呑気に返した陽之衛の反応に、将志郎は腰に差していた刀を揺らしてガチャンと音を立てた。


 抗議の意思を伝えるためだろう。


 彼はもともと瑞兎の近くで警護を行っていた。


 それも陽之衛に頼まれたからだ。


 実家で眠っていた刀まで持ち出して見守っていたのに、用事があるからと陽之衛に呼び出されてここにいる。


 その間に瑞兎が誘拐されたと聞けば黙っていられるはずがない。


 けれどねずみを握りしめていた陽之衛は目をきつく釣り上げて親友の刀の柄を叩き、思わず一歩退いた将志郎に鼻を鳴らした。


「あいつだって囮になるのは慣れてるよ。いちいちそんなに怒るな」


「なっ、慣れるどうこうの話じゃないだろ! 危険な目に合わせることを本人には黙ってるなんて、お前は本当にどうしようもない!」


 がなった将志郎の意見に賛同するように八咫が首を縦に振る。


 高身長の二人に威圧されて苛ついたのか、威嚇をするためにガルル、と陽之衛はうなった。


 ねずみが手から抜け出して肩に乗り、なにやら耳打ちをしている。


 このねずみは瑞兎たちのやり取りを陰から見ていたらしく、詳細を教えているのだろう。


「烏たちの目をかいくぐったとなると、やはり貴方の予想通り〝異界〟を通っている可能性がありますね。どこに移動するつもりか、それとも縄張りから出るつもりはもうないのか。どうお考えです」


「あれの正体を考えれば、こっちをおびき出すためになにかしら知らせが来ると思う。俺が苦しむところをきっとだれよりも見たいだろうから、瑞兎を簡単に食いはしないよ」


 正体、と聞き八咫の片眉が跳ねた。


 警察署の一画は人払いが済まされているので彼ら以外の物音はなく薄暗い。


 鹿島はいまだにヒサベルの行方を追いかけている。


 すべて陽之衛が望んだ通りに物事が動いている。


 そのため彼が思慮したことをきちんと説明してこない理由を考えるのは八咫は諦めていた。


 しかしこれ以上は指揮を執る建前上説明が求められる。


 八咫は一度息を吐いてから、陽之衛の肩を強く掴んだ。


 痛みが走ったのか、陽之衛が顔をしかめる。


「そろそろ白状しなさい。何度も教えたでしょう、我々も動くには限度があります。逃亡した外国人の女の正体とはいったい何なのです」


 八咫からの追求を躱そうと彼女の腕を掴み返したが、さすがにビクともせず陽之衛も冷汗が垂らす。


 このまま黙秘を貫いたら肩が砕かれてしまいそうだ。


 ここぞというときに刀が振るえなくなったら困るので、観念して将志郎に紙と書くものを持ってくるよう頼んだ。


「始まりは彼女が俺と接触をしてきたときだ。最初から俺たちのことを知っている風だった。でもよろづ事務所の名前でやっていたときは、警察からもらった調査をたんたんとこなして記憶を丁寧に消していただろ?」


「えぇ。こちらでも処理がされていたのは確認済みです。貴方を信用はしていませんからね。そのために事務所にも結界を張っています。間違いなく、貴方はただの人間として生活していました」


「だったらますますおかしい。そして次はかまいたちのとき。ずいぶんとよく調べていたものだと感心したけど、違和感を覚えた。……なにか変だったんだ。もしかして人間とは異なるものなんじゃないかって感じた」


「お得意の直感ですか」と八咫がようやく陽之衛の肩から手を離す。「それでも構いません。とにかく今はヒサベル・カーターという女がなぜ瑞兎を狙ったのかがわかれば良い」


「だから俺たちの仔細について知ってたからでしょ?」


 八咫が呆れたのか肩をすくめてため息を吐く。


 陽之衛と会話するには少々骨が折れるらしい。


 横に立っていた将志郎もまた刀をガチャガチャ鳴らした。


「そんなのじゃ俺は納得できない。お前が実際に会っていたのはわかるが、彼女は瑞兎の元には現れていないんじゃないか? 怪しんでいたのに隠し通そうとしたのにも怒っているんだからな」


「うるさいなぁ。だってその方が、」


「その面白いというお前の傲慢のせいで人が死にかけたし、いままさに大事な人が危険な状態に陥っているんだぞ!」


 腹から湧き出た怒りを吠えた将志郎の声が署内に響き渡る。


 わっと陽之衛は耳を塞いだ。勢いで将志郎もつい抜刀しかけていたらしく、八咫に「やめなさい」と冷静に制圧され刀が鞘に収まった。


 一触即発状態に陽之衛は口を尖らせて文句を垂れ流しつつ、紙に文字を書き留めていく。


「落ち着けよ。こういうときに焦燥する方がまずいだろ」


「それは、でも早く助け出さないと……!」


「場所も特定できないのに? そうだな、なら話してやるか。瑞兎は残念ながら一度あの女に会っているし、蛇の意匠のかんざしを貰ってる。俺はそのかんざしを見て、アレがついに来たんだなって気づいた」


「そのときにヒサベルと結びついたのか?」


「いや」と陽之衛は肩をすくめた。


「まだ確信はできてなかった。瑞兎に何かしたわけでもなかったし、普通のかんざしだったよ」


 陽之衛の文字は汚いので二人は見せられても読めず、首を横に振った。


 言葉で説明した方が伝わるだろう。


「ならハンカチに気づいたときか。慌てて駆け寄ってきていただろ」


「だれかが高度な術を教えたはずだって憶測は立てたよ。移動術なんて使えるなら物を変化させるだなんてたやすいだろう。同じものをわざと複製したんだろうね。見つけろと言わんばかりに」


「つまり?」


 軽快に迷うことなく筆が滑り、とある術式が紙の中に書きあがる。


 陽之衛は葦ではなく、またこの場にいる者全員も同じく神の使いとは異なるので使えはしないが、それは蛇に刻まれていたものだ。


 顔の横に持ち上げて二人に見せびらかした。


 視線が集中したのに気をよくしたらしく、得意げに指で図をなぞり始める。


「つねに事件があるところに姿ありってのも変だったし、どこから情報を拾ってきていたのかもこれで説明がつく。だからあの女は俺に絡んできたんだ。まさか異界からわざわざいろいろ見ていたとはさすがに気づかなかったけど、確信したのは警察署から逃亡したと知らせがあった日。隙を見て術を発動して消えたんだろう」


「それまでかなり慎重に動いていたと見受けられますが、なぜ急にわかりやすく行動を?」


 飛んできた質問を聞き逃したかのように陽之衛は黙った。


 八咫たちも彼の続く言葉を持つが、一向に出てこないのでもう一度同じ問いを繰り返した。


 我慢大会をしている場合ではないのは百も承知だ。


 ただどうしても素直に言うのが惜しい。


 本当はもっと泳がせておきたかったのに、早々にケリをつけようだなんて浅はかな好敵手に恨み言を八百万言いたくなった。


 陽之衛は苦々しさを表情に浮かばせ、掲げていた紙キレを見つめる。


 二の足を踏んでいても状況の好転が遅れるだけだ。


 ため息を堪えた。


「……準備が整ったから。だから俺の一番近くにいる葦をさらった」


 それまで甲高い声で騒いでいた彼の声は大人しくなり、静かに告げる。


「あいつの正体がわかったとき、あいつも俺の正体を確信したんだ。スサノオを恨む蛇、ヤ──」


 その瞬間に紙に書かれていた術式が光りだし、瞬発的に八咫が陽之衛の手から奪い取り火をつけようとした。


 しかし一歩早く蛇が一匹召喚され、口元にはなにか紙の切れ端と黒い髪の毛の束を咥えさせられている。


 ハ、と陽之衛が放たれた火から蛇をかばったせいで服の袖が少し焼けた。


「若君!」と行動を咎める厳しい八咫の声を無視して蛇から紙を無理やり抜き取る。


 髪の毛の持ち主は調べるまでもない。


 艶やかな青色が混じる髪を持つもので知り合いなのはもちろん一人だけだからだ。


 紙に書かれた言葉を読み、陽之衛は息を飲むと机の上に置いてあった学帽を取り被りなおした。


 その顔からは面白さを求めて人をからかう幼さは消え、鋭い目つきを見せている。


 ゴク、と将志郎が唾を飲んだ。


「場所がわかった。いますぐ向かうぞ、将志郎」


「お、俺を連れて行っても役に立つとは……!」


「いいから」と反論を遮り、八咫の方へ視線を移す。


「先に向かってくれ。師匠の方が足が速い。瑞兎が捕らえられているのは俺たちが襲われたあの神社だ。鹿島たちには誤魔化しておいて。これ以上力が増進したら困るから」


 紙を渡す。確認してから八咫はうなずくと自らの体をぬばたま色の羽で包み込み、素早く鴉そのものに変化した。


 彼女の背後で窓がバンと勢いよく開き、三本の足を桟にかける。


『足ではなく翼だ。愛弟子』


 そう言って飛び立った鴉のあとを追い、青年たちも部屋を後にする。

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