49話 蛇の目
やっと応接間に客を通し、ドキドキと緊張しながらお茶を出してみる。
不可思議そうに眺めていたが、一度口に含んでみると思いのほか気にいったのか、続けて飲んでくれた。
よし、と心の中で拳を握ってから表情筋に力を入れて彼女を改めて観察する。
優雅な所作でティーカップを傾けている指は細く長い。
相変わらずレースの手袋は着けたままだ。
だが帽子は外してくれたので赤髪がはっきりと見えた。
つやつやとしていて知らない匂いがする。
初めて会ったときとは違い、はっきり見えた彼女の肌は雪のように白い。
外国人の肌はそうだと聞いていたが、本当だとは驚いた。
「ふふ、そんなに観察されたら穴が開いてしまいますわ。どうぞ貴方もお座りになったら? お話するのに立っていられては困りますもの」
うながされたので、椅子を持ってきて腰を掛ける。
どうやら瑞兎が飲み物を取るまで続きをしゃべる気はないらしく、こちらの動作を伺っている。
仕方ないので一応用意していた飴湯を飲んだ。生姜の味がきいておいしい。
前に京都に行った鹿島から土産でもらっていたのが役に立ってよかった。
「それで、オカルトの編纂を行っているんですよね? だったらその話をお聞きに?」
不躾だとは思うが、いきなり気になっていたことを切り出してみればヒサベルはうなずいて饅頭を食べやすい大きさに割る。
中から出てきたあんこにもっと反応するものかと予想していたのにずいぶんと冷静だ。
ためらいなく口にして、嬉しそうに「あら!」と声を上げた。
「不思議な食感だわ」
「日本のお菓子です」と答えた次の瞬間には彼女の皿からすべて消えてしまった。
自分の分を差し出す。
「失礼。ここに来た理由でしたね。貴方の言う通り、オカルト編纂者として取材しに来ました。こちらの所長の高千穂陽之衛氏とは前にもお会いしておりますから、そのときに紹介いただいたの」
(あの人なら言いそうだなぁ。珍しいもの好きだし、外国人と話してみたかったのかしら)
考えても仕方ないが、いたずらが具現化したような陽之衛の笑顔を思い出し肌が痒くなった。
だとしたらやはり別日に改めて来てくれた方が良いのに、とヒサベルの指先を眺める。
「オカルトというのは我が国でも大変人気があります。ゴースト、デュラハン、ノーム、妖精もそう。ご存知?」
あげられた名前はどれも聞いたことがない。
首を横に振ると、くすくすとヒサベルは喉を鳴らした。
馬鹿にされた気がして少し頬が熱くなる。
「そうね、わたくしだって日本に来るまではカッパを知らなかったもの。責めているわけではないから安心なさって。それからいろいろ日本の妖怪やらなにやら調査を続けていたら貴方のご主人様に結びついて行ったわ。しかもわたくしがこの国に訪れてからとくに活発なご様子」
「え?」
切れ長の翡翠が瑞兎を捉える。
麩菓子を齧った彼女の犬歯は鋭く、肉なら容易く切ってしまえそうだ。
なにか含みを持った視線から体が緊張して固まる。
その瞬間に背中の刀が小さく震えた。
ハ、とうなじを撫でると何事もなく収まっており、勘違いだったか迷った。
「薬屋の幽霊騒ぎでは、見事原因は手伝いの娘の生き霊と突き止め、〝正常に戻す〟ことで解決となった」
一瞬だけ心臓が大きく跳ねる。
そんなに大事になった事件ではないはずなのに、彼女が知っているとは驚愕とにわかに信じがたさを覚えた。
シン、と足元が冷えた気がして扉や窓を確認する。
どこもきちんと閉めていた。
これは勘違いではない。
「よくご存知ですね」
「かまいたち事件についてはとても興味深かったわ。お友達が狙われたんでしょう? ちょうど事件を追いかけているときに高千穂氏とお話させていただきました。そのときにオカルト調査事務所を始めたって、そうですわ! 幽霊騒ぎで実績ができたからお名前を変えたのね。でも結局だれがかまいたちだったのかしら」
「と、言いますと?」
「だっていつの間にか事件は解決しましたと警察には言われてしまって。犯人を訊いても教えてくれなかったの。貴方たちのご親友が調査を依頼したというところまでは調べがついているわ」
「っ!」
持っていた湯呑を強く握る。
反応してしまったせいで彼女から仕掛けられた引っ掻けは正解だと言ったものになった。
チ、と内心で舌打ちをして湯呑を机に置き直し、冷静な態度を努めるために髪を撫でる。
ヒサベルは変わらずに妖艶な笑みを浮かべたまま冷静に瑞兎を逐一観察していた。
目元は柔和だが視線は鋭く、まるで値打ちを吟味されている気分だ。
いや、もっと本能的な恐怖に近い。
そんなことを人間に対して抱いたのは初めてだった。
足元が冷えてくる。
どこからかしゅるしゅると聞きなれない音がかすかにした。
(蛇の前に連れてこられた蛙……。なにかおかしい。この女は常人なのか?)
ヒサベルの整った眉が片方だけ跳ねる。
指を口元に当て、少し考える仕草を取ってから「続けましょう」と指を鳴らした。
「貴方は囮になって犯人を誘い出だそうとした。あのお着物はとても似合っていたわ。写真で残せなかったのはとても残念。そうでしょう?」
否定も肯定もする前に、シッと人差し指を立てられて言葉は奪われた。
彼女は立ち上がって室内を物色する。
ゆっくりと歩き回り、腰ほどの高さの引き出しを見つけると、人差し指の第二関節でコンコンと叩いた。
数回繰り返したあとに、瑞兎の方へ顔を向けて引き出しの取っ手を掴んだ。
静かな部屋に引き出しが開く音だけが生まれる。
そして彼女が中から取り出したのは絹のハンカチに包まれた棒状のもので、するすると布を取り外すと、紅色のかんざしが出てきた。
椿の枝に蛇が巻き付いた意匠のそれは囮作戦の前に瑞兎がヒサベルから突然もらったあのかんざしだ。
いつかまた会ったら返そうと引き出しに大事に仕舞っていたのだが、瑞兎が目を伏せる。
これでは誤魔化しようがなく、結果としてあのときの女装は自分だと肯定のための沈黙となった。




