48話 怪しい来訪者
掃除をしていると頭の中も心も一緒に整理できてくるものだ。
そういえば庭の手入れができていなかったと思い出し、慌てて勝手口から外に出た。
夏の陽気に当てられていたおかげか、案の定ぼうぼうに雑草が生い茂り野菜が埋もれている。
軍手をしっかり嵌めてぶちぶちと抜いて行った。
これで憂いも悲壮感もなくなってくれればいいのに、と肩をすくめる。
いまは集中しよう。
あらかた片付け終わり、剪定も済んだ頃には日が暮れかけてた。
どれだけ集中していたんだと驚きつつ、その間は夢中で何も考えていなかったことにも反省した。
あんなに陽之衛に対して騒いだくせに庭いじりをしていれば忘れるなんてどうでもいいのか。
己に叱咤をしてから鶏たちの様子も確認して家に戻ろうと汗を拭う。
しかし手をどかした瞬間に人影が見え、息が一瞬止まった。
白い洋服の女性がこちらを見ながら微笑んでいる。
赤い髪を軽くまとめて、帽子のつばの下から翡翠色のきれいな目が覗いていた。
瑞兎はうっかり見とれそうになり、直前まで土いじりをしていて汚れているのにハッと気づいて、手をばたつかせて土を払った。
「も、申し訳ありません、なにかご用でしょうか?」
軍手を取って水道で軽く手を洗う。女性は近づいてきて「えぇ」とハンカチを差し出した。使う気にはなれず丁寧に断る。
「主人はいま出かけておりまして、申し訳ありません」
「構いませんわ」
柔らかな声音と流暢な日本語に手からもう一度彼女の顔へ視線を移せば、一度見たことがあった。
かまいたち事件で囮になるために女装をしていたときにかんざしをくれたその人だ。
だがそのときと自分の服装が違いすぎて、彼女が気づくかわからず返事をためらった。
「お久しぶりですね。告白はうまくいきましたの?」
「へ? あ、あの。すみません、お会いしたことが?」
つい誤魔化してしまう。
女性はきょとんと眼を丸くしたが、一度考える仕草をしてからうなずき、「初めまして、でしたわ」と苦笑する。
「似ていた方に会っていたのかしら。ごめんあそばせ。それで、こちらはオカルト調査事務所ということでよろしくて?」
「はい。ご相談だけでしたら私の方でお受けいたします。先ほども申し上げた通り所長は出かけておりますので、お急ぎのご用件でしたか」
「いいえ」と女性は小さくため息を吐いて、「急いではいないわ。だったら帰宅するのを待とうかしら」
「いつ頃帰ってくるのかわからなくて……。明日改めていらっしゃる時間を教えてくだされば都合をつけておきます。もしかしたら今日は帰ってこないかも、どうでしょう」
「待つわ。時間はいくらでもあるの、もちろん都合が悪ければ帰るけれど、貴方が話し相手になってくれるのでしょう?」
する、と頬を撫でられて思わず後ずさりをする。
まるで長く細い舌に舐められたような感触に瑞兎は警戒心を強くした。
女性の手にはレースの手袋がはめられている。
その感触が珍しくて肌に鳥肌が立ったのだろうか。
いや、と姿勢を正した。
素性は不明だが事務所に訪れたお客様に見せていい態度ではない。
使用人としてあるまじき行動だ。
「かしこまりました。少々お待ちいただけますか、この通り汚れていますので、すぐ整えてきます。応接間にご案内しますから、玄関の方へ」
「ええ、ありがとう。お名前は? わたくしはヒサベルと申しますの。ヒサベル・カーター。日本の妖怪やオカルトについて編纂しにイギリスからまいりましたわ」
手を差し出されたので、ためらいつつも握手を交わした。
ヒリ、と痛みを感じるほど冷たい手だ。
すぐに離れたので片方の手で覆ってぬくもりを移す。
ヒサベルは微笑んだまま名刺を取り出して瑞兎に差し出した。
英語で書かれているので瑞兎にはまったく読めなかった。
「この事務所で助手をやっています、瑞兎です。すぐ戻ります」
逃げたと勘違いされないように急いで勝手口から中に入り、さっさと身なりを整えてお茶の用意を済ませる。
イギリス人というのは紅茶にうるさいと将志郎から聞いた覚えがあったから出すべきかすら迷った。
しかしお茶菓子のひとつも出さないというのは失礼に値するし、と戸棚を開けると子供用のお菓子がたっぷり入っている。
悩んだ末に、飴湯と饅頭を皿に乗せた。
これがうち流のおもてなしだと押し通せばなんとかなるだろう。




