47話 いつだってのけもの
数日ぶりに家に戻ってきた瑞兎を待ち受けていたのは年末よりもひどい大掃除だった。
一人で過ごしていた陽之衛がこれでもかと部屋の中をひっくり返し、台所を汚し、動物まみれにしていたのだ。
覚悟はできていたのですぐに作業にとりかかり、一日半ほどで完璧にきれいな状態にしてみせた。
ねずみたちが忙しなく走り回っていたがすべて外に放った。
彼は昔からねずみと悪さをするのが好きなのだ。
「本当に帰って来てくれてよかったぁ。そろそろ本に溺れるかもと心配だったんだ」
「どうしてあそこまで汚せるのかまったく理解できません。何を調べていたんですか?」
問いかければ、陽之衛は視線をどこかにやってすっとぼけようとしてきた。
なので頬を手ではさみ、こちらに向くように固定して上から彼の顔を覗き込む。
「蛇の件でしょう、結局なにかわかったんですか? 私はなにをすればいいんです?」
「んー、わかったというか、考え中というか。瑞兎はいつも通り家事をやってくれてればいいんだけど」
「そんなわけにはいきません。私も調査員のひとりですよ」
ふんぞり返ってみても陽之衛の反応はいまいち乗り気ではなかった。
普段なら無茶な要求でももっと指示をしてくるだろうに、ふわふわと熱を帯びた湯気みたいに陽之衛の意図がつかみきれず、さすがに戸惑いが勝ってくる。
病院ではあんなにはしゃいで「蛇のせいだ」と繰り返していたのに、どうしてこちらから訊いたらはぐらかしてくるんだと苛立ちが生まれる。
そもそも頼りない自分が悪いのかもしれない。
寂しい気持ちに鼻がツンと痛んだ。
「こうしている間にも葦たちが蛇に襲われるかもしれないのならいつも通りなんて無理です。もう対策は考えていらっしゃるのはわかってるんですから」
頬につけていた手を払われる。
陽之衛はソファに寝っ転がってあくびをしながら「かもね」とやはり瑞兎には何も話したくはない様子だ。
昔からそういう態度をしてくる人だったが、一段とひどく感じて策をこうじたくてもその場で動けなくなってしまう。
「そんなに私はだめなんですか?」
「え? いきなりなに、どうしたの」
「だって若がなにも言ってくれないから」
子供みたいな反論に陽之衛が思わずと言わんばかりに笑い出す。
瑞兎もさすがにカッと頭が熱くなってソファに一歩近づき、奥歯をぐっと噛んでから懐から手帳の切れ端を取り出し陽之衛の目の前に勢いよく突き出した。
走り書きでも瑞兎の字は陽之衛と大違いで整っている。
「私だっていろいろ考えたんですから! 十年前の蛇と今回八重を飲み込もうとした蛇が同じだって言われて、あの蛇たちに書き込まれていたっていう術式だって解明したんです。あれは結界内に足を踏み入れたものを異界に飛ばすものだとサルタヒコの葦に教えてもらいました!」
紙切れを受け取った陽之衛も感心したようにうなずき、続けろと手を振った。
「あの時もそうだったんですよね? いえ、そもそもあの屋敷自体が異界にあったんです。だから大蛇はまぎれこめた。だったら小さい蛇たちはあれの残滓ではないかと思っています。異界にいたんです。力をつけて戻ってきたんだと」
「だいたい正解。よく調べたじゃん」
あ、としゃべりかけていた言葉をつい唾と一緒に飲み込んだ。
いつもなら褒められたらうれしくて有頂天になるが、今はとてもそんな気にはならずに悔しさが込みあがってきた。
一生懸命調べたものだって陽之衛にとってはただの答え合わせでしかないのだ。
子供が解いてきた問題に丸をつけているだけで、瑞兎の考えなど取るに足らない。
(一度だって役に立ったことなんてなかった。わかってる。ただ刀を収めている鞘だし、身の回りをする世話役で十分なんだって)
頭を振ってその考えを端に追いやる。
深呼吸をしてから、陽之衛と目を合わせるために床に腰を下ろして、彼の腕をつかんだ。
役に立ちたいと思うことすらわがままだなんて突っぱねられたら、そばに置いていないでさっさとどこかに閉じ込めておけばいい。
あげくに将志郎に自分の身辺警護を頼もうとしていたのも知っている。
どれだけ悲しかったか、陽之衛には伝わらないのもわかっているから苦しい。
それでもこうして触れられる距離にいるのは何か意味があるはずだと信じさせてほしかった。
「なにかあと一つ足らないんです。あれだけ複雑なまじないの術式を書き込んだだれかがいるのに、影も形も見当たらないなんておかしいじゃないですか。だってあの術を使えるのは、っ、若だっていまは危険なはずです」
「八咫に警護をお願いしてるから心配無用だよ。っと、噂をすれば合図が来た」
コン、と窓が小突かれた音が聞こえ顔を上げると、烏が嘴で硝子をつついている。
陽之衛はさっさとソファから降りて身なりを軽く整えると、帽子を取ってかぶった。
またも止める瞬間はなく、陽之衛は家を飛び出していった。
彼はいつだってそうだ。
呆れるほどまっすぐ自分の道を進んでいく。
置いて行かれてばかりで、従者としても世話役としても力不足だと痛感する。
伝えきれなかった結果をその場にぽつりぼつりと落とし、不甲斐なさで足元がぐらついた。
「転送のまじないは、葦が使うものだった……。だから犯人は私たちの中にいるんじゃないかって、若はもう気づいているから、失態をおかなさいようにダメな私を遠ざけるんでしょう?」
開いていた扉がバタンと閉まる。
将志郎には言ったのだろうか。
鹿島にも八咫にも、知らないのはまた自分一人だけかもしれない。




