46話 烏対人間
肩をすくめて頬杖をついた。
「依頼をしてきた千代も蛇に操られていたと?」
「いや、あの子は本当にただ依頼をしに来ただけ。村で神隠しは実際に起こっていたんだと思う。それをやっていたのが蛇の親玉だったんだろうね」
「では若はその首謀者を探しに行かれたのですか」と鹿島が問う。
陽之衛は口惜しそうに奥歯を噛んでから手を振った。
「残念ながら、ただのあやかしが子供と遊んでるんだろうとたかをくくってた。だからなにかあったら将志郎に任せようと連れてったし。俺たちは葦以外には手出しができないもの」
「とんだ誤算だったわけですか。そんなことで神が顕現するとは情けない……」
「なんとでも言え。なったものはしょうがない。だから俺たちは親玉を探す。屋敷のときもあの大蛇を斬ったから終わったと思ってた。浅はかだったよ、認める。これでいいよね?」
八咫と鹿島がお互いの顔を見、椅子の背もたれに体重をかけた。
指をパチンと強めに鳴らし、陽之衛は一枚の紙を懐から取り出す。
ぐちゃぐちゃに折れ曲がっているが、かろうじて名刺だとわかる。
文字もかすれているが誰からもらったかははっきり覚えていた。
翡翠の目と血のような赤色の唇が脳をよぎる。
彼女と会うたびに〝蛇のようだ〟と感じていた。
会話をするときはこちらを捕食しかねない怪しさがあった。
あの女が話しかけてきたあとから事件が始まった。
「ねぇ、神隠しに巻き込まれていたっていう外国人はどこにいるの?」
「まだ話は終わっていませんよ」と八咫が叱咤してきたが、陽之衛は無視して鹿島をにらみつける。
「事情徴収をしています。外務省との兼ね合いでてこずっていて、申し訳ありません」
「名前はわかる?」
「お待ちを」と鹿島は部下を呼んだ。耳打ちすると、うなずいてから「ヒサベルと申していました。たしか本の執筆のために来た作家だと……」
「十分だよ。話をしたいんだけど、どうにか都合をつけて」
「無茶を言いなさるな。ですから政府が関わってくるのです、私や八咫でも、さすがにそこまでの権限は持ち合わせていません」
バン、と机を拳で叩き鹿島を黙らせる。
いきなりの激昂に八咫が反応して懐に手を入れて腰を浮かせた。
だが鹿島に止められて我に返ったのか、ゆっくりと息を吐いて「若君!」と咎めるために叫ぶにとどめた。
だがその騒ぎに乗じて一人の警官が部屋へ駆けこんでくる。
彼はあまりに急いでいたのか、倒れこんで咳き込みながら「申し訳ありません!」と叫んだ。
「お、女が、外国人の女が逃げ出しました──……!」
聞いた瞬間に陽之衛が立ち上がった。
椅子がけたたましく倒れ、飛び出す勢いで走り始めたが八咫の部下に後ろからがんじがらめにされる。
身動きが取れなくなり、なんとか抜け出そうと暴れるが「落ち着きなさい」と隣に来た八咫に顎を掴まれてしまった。
陽之衛の細い顎など砕けてしまいそうなほど強い力だ。
噛みついてやろうにも動きをとめられているから叶わない。
「こちらで行方を追います。烏たちを放て」
八咫の号令に待機していた別の部下がうなずき、部屋を後にした。
唖然としていた鹿島がようやく八咫に陽之衛を解放するよう求めたが、きつい視線を向けられたじろぐ。
「次の標的に心当たりはありますか。でなければ闇雲に探すことになる。貴方ほどの天才ならもうおわかりでしょう?」
顎からやっと手が外れ、咳き込みつつ八咫に飛び切りの笑顔を向ける。
当然だ。
そのために打った布石がまだこちらの手元にはある。
だがそれを易々と話して敵に気づかれてしまっては都合が悪い。
何よりもこの鋼鉄の女鴉に伝える気なんてさらさら起きなかった。
私怨だとしても、あと一歩を間違えたら終わりなのだ。
ずっと計画してきた作戦を成功させるために、一つ一つ糸を張り巡らせてきた。
最後の糸はその逃げた女に結ばれている。
彼女がどこまでこちらを監視しているのか知らないが、罠にかけられたなら返さねばならない。
「ねぇ、八咫。こんな言葉を知ってる?」
「いきなりなにを、」
「『運命とは最もふさわしい場所へと、貴方の魂を運ぶのだ』。俺たちも運命に身を任せてみようよ」
思い切り頭をぶん殴られ、脳がぐわんと揺れた。




