45話 若様の悪い癖
瑞兎たちから離れた陽之衛は八重が眠る病室へと足を向けた。
木の床を足で数回叩くと、中にいた者たちがベッドのそばから退く。
その間を縫うように進み、寝ころんでいる八重の顔を覗いた。
無事に生きてはいる。
だが瑞兎と違い一向に目が覚める気配がなく、かろうじて呼吸をしているだけの状態だった。
医師たちはなんとか延命させ続けてくれているが、目覚める保証はだれもできず手をこまねいているのも事実だ。
ため息を吐く。
コン、と今度は壁が叩かれた音が聞こえ背後に視線を移す。
八咫が腕を組み様子を伺っていた。どうやらもう陽之衛の寄り道が待ちきれなかったらしい。
もう一度八重の顔をしっかりと見てから、歩き出していた八咫のあとに続く。
「遊びではすみませんよ。どう落とし前をつけるつもりです」
いつもこちらに敵意のこもった嫌味たっぷりの声が、今日は一段ときつく感じる。
歩く速度も陽之衛が付いてこれるかなど考慮されておらず、少し急ぎ足になった。
相変わらずこちらの事情なんて一切気にしない厳しい師匠だ。
子どもの頃から容赦なく鍛え上げらたのを思い出し、口の奥が苦くなった。
「犯人を捜す」
「そんなことは当然です。貴方の責任のありかを問うている。人間にあのようなケガを負わせたうえに、葦の少女は仮死状態のままではありませんか。だから言ったのですよ。いつまでも自分たちで対処ができるなど思い上がるなと」
「頼んだって協力する気もないくせに。そっちだって烏の目はどこまで将志郎を見張っていたの」
「根拠は」と冷え切った目が陽之衛に刃を突き立てるように向けられた。
「警察をよこすのが早すぎたんだよ。あそこには駐在所しかなかったのにお前の部下たちが来たそうじゃないか。将志郎や俺たちが突然消えたから焦ったんだろう?」
陽之衛の見当は正解だったのか、八咫が額に手を当てて首を横に振る。
その間に会議室にたどり着き、中に入ればやつれたように目元を黒くした鹿島が先に席に着いていた。
円卓を囲んで二人も椅子に腰を下ろす。
重苦しい空気が漂ったせいで、鹿島の後ろについていた部下が唾を飲んだ音が部屋に響いた。
「スサノオノミコトがお出ましになってしまった以上、多くの種族の介入が許可されます。霊獣、あやかし、物の怪、皆が此度の件について説明を求めてきましょう。もう一度問います。どうなさるおつもりですか?」
「蛇が出た」
言葉をかぶせてきた陽之衛に、八咫の眉がピクッと動く。
部下に記録を取れと命じてから身を乗り出した。
「蛇? それが今回の犯人だと?」
「そう。お前たちでも把握していなかったか。ならあれはやっぱり十年前のと同じかもしれない」
「十年前、っ! その蛇はもしや……」
鹿島が席を立って冷汗を流し始めている。
あの事件のことは葦たちにとってあまりに甚大すぎる被害をもたらした負の記憶だ。
陽之衛も指を一つ鳴らしてうなずいた。
すべて察したのか、「そんな」と茫然自失し、鹿島が頭を抱える。
「あの蛇は自然的なものじゃない。もっとちゃんと言うと、体に術を施されていたのを見るに、何かの従魔だ。俺たちは罠にハメられた」
笑い声を思い出すと腹が煮えくり返ってくる。一度ではない。罠を見抜けなかったのは二度だ。気持ちを落ち着かせようと拳を握ってから、声を絞り出すために喉を震わせた。
「俺を見た瞬間に噛みつこうとしてきたし、八重の体を乗っ取った。無理やり彼女の心を壊して、枯れさせたんだ。やり口がまったく一緒」
まさにあの屋敷で見た光景と重なる。
阿鼻叫喚の夜は忘れられるはずがない。
まだ幼かったが、次々と葦たちが泥になっていく様は陽之衛の心にだって大きな傷を残した。
いまでも眠るとあの夜に戻ってしまうことが恐ろしくて陽の光が上がるのを待つときがある。




