44話 おそるおそる
その後あの屋敷はスサノオによって壊滅し、難を逃れた二人は陽之衛の父が使っていた高千穂の事務所、つまり今の家へと移り住むことになった。
葦たちの屋敷にどうして蛇がまぎれていたのかは不明のままだが、一か所に集まる危険性が議論され、今では自由に人間の振りをして生きている。
発生した枯れ葦は陽之衛たちが刈り続けると約束した。
少なくとも蛇に襲われて壊滅するような事態は避けられる。
「は、はは。さすがに信じたくないな。自分の親友が神様だなんて」
「お気持ちは痛いほどわかります」
瑞兎の苦笑に、将志郎は何度も口を開いて何かを言おうとするが、衝撃を受けているせいで言葉は出てこないらしい。
少しの間二人の元に再び沈黙が訪れた。
瑞兎も彼にどんな言葉をかけたらいいか見つからず、うつむいて考えあぐねいている整った顔を眺める時間となった。
「受け止めなくてもいいんです。ただ、説明をしておかないといけなかったから、」
「神社でのことは夢だとしばらく信じられなかったんだ」
「……そう思ってしまっても良いんですよ」
「そうした方がいいのは、わかる。でもあれを夢にしておくには思いのほか立派な傷もこさえちまったし、それに俺はなにがあっても陽之衛の親友であり続けるって誓ってるんだ。俺はあいつときみの味方でいたい」
汗を垂らした彼は何度か首を縦に振って、瑞兎の言葉を飲み込もうとしているのが伝わってきた。
真面目な人だと瑞兎は呆れと、ほんのわずかに胸が温かくなってまた涙が出そうになる。
そのおかげで過去の後悔と悲しみが少し紛れた。
将志郎の指の感触を確かめて、彼が生きていてよかったと実感する。
「どうしてそんな誓いを立てたんですか?」とうっかり訊いており、すぐに謝ったが将志郎は苦笑してうなずいた。
「あいつに助けられたことがあるんだ。その恩を返すためだよ。その恩人の近しい人であるきみのことだって、大事だ」
本来なら神様を目にしたら精神が壊れてしまうはずだ。
おそらく将志郎が陽之衛にとって大事な友人だったおかげで守られたのだろう。
もしくはあの神社に結界が張られていたから神としての力がまだ抑えられていたという可能性もある。
もしかして傷が浅くすんでいるのもなにか関係があるのかもしれない。
よく考えてみれば、彼はもうすでに人ならざるものに書き換わっていたりしないか?
思わず起き上がって将志郎をじっと観察した。
「ど、どうした?」
「いえ、なんでもありません。本当に記憶が残っているんだなって思っただけです」
大丈夫、彼は何も変わっていない。
ほっとしたら力が抜けて倒れかけてしまったのを将志郎が受け止めてくれた。
体の中を匂いで満たしたくて思い切り空気を吸い込む。
シャツ越しに伝わってくる体温と筋肉の感触が心地いい。
「待てよ、陽之衛は蛇を探していたんだよな。ということはまさか泥を飲んでいたのは八岐大蛇……」
「わからないんです。私がきっと記憶に蓋をしてしまったから、若も詳しく話してくれなかったのかも。でもスサノオはこうも言っていたんです」
『蛇はまた葦を食べにくる。そのときお前は陽之衛を助けなさい』
結局あの人との約束は果たせなかった。
八重を苦しめてしまった痛みがぶり返してきて、鼻がツンと痺れた。
「もしかしたらそれが今回の事件に関係しているのかもしれません。だったら次は絶対に失敗できない。私が頑張らないと、陽之衛様をまた死なせるだなんてあってはならないんです」
「そうだな。その通りだ。あの蛇は過去に襲ってきたものと同じ、か。あいつが言うならきっと本当なんだろう。陽之衛が死にかけたらスサノオが出てくるわけだろ」
「はい」とうなずいて将志郎から体を離してベッドに戻る。
「スサノオノミコトは自分を抑止力だと言っていました。葦たちがきちんと心を律せられるように緊張感を与えるために来たんだって。だから本当に出てきてしまうとこの世は壊れてしまうそうです。それに若が傷つくところなんてもう見たくありません!」
「だったらさっさと解決できるよう、まずはしっかり休もう。それにしてもみんなが若様だなんだ言う理由がやっとわかったよ。高千穂おじさんが権力を持った政治家だからだと思っていたが、まさかもっとすごい存在だったとは。……そういえば、瑞兎は一度枯れたんだよな」
「え、えぇ。屋敷での唯一の生き残りです。安心してください、いまは御覧の通り正常な葦ですよ」
「どうやって助かったのかな、って気になって。スサノオが病気になったところを切り取ったのか?」
ドキ、と心臓が跳ねた。
そんなことを気にされるとは考えてもおらず目線があちこちに動いてから、「その」と言いよどんだ。
たしかに瑞兎は一度完全に枯れきっている。
暴かれることなく枯れると悪意そのものとなり、葦は死んでしまう。
これを説明するかは迷った。
これ以上自分の事情を話したらさすがに将志郎も気色が悪いと距離を置いてくるかもしれない。
でも全部話せと陽之衛からは言われているし、まったく関係ないとは言い切れなかった。
「どうしても気になりますか?」
「あ、え、まぁ、君のことは何でも知りたい」
じっと将志郎の目を覗いた。
顔を近づけて本心を見透かせないかと試してみたが、そんな能力は瑞兎は備えていない。
はぁ、とため息を吐く。
「引かない?」と問えば、将志郎が勢いよく顔を縦に振ったので観念してガウンの襟を少し緩める。
「こ、こらっ! いきなりそんな大胆な、」
「八岐大蛇を切った刀はご存じでしたよね。私の背中にはそのアメノハバキリの写しが埋まっているんです」
うなじを叩くと光が集まり、柄が出てくる。
引き抜いて両手の上に乗せた。
ズシ、としっかりと重く、鍛錬した者でなければ振るうことも難しいだろう。
将志郎に差し出せば、興味津々に眺めてきた。
彼が刀剣が好きだと知っているがそんなに穴が開きそうなほど見つめられると恥ずかしい。
どうぞ、と揺らすとようやく受け取り鞘から刀身を引き抜いている。
陽の光が当たってきれいに輝いた。
幾度も葦を斬ってきた美しい刀剣だ。
「これが私の命の重さです」
ぎょ、と将志郎が目を丸くした。
すぐに刀身を鞘におさめ直し重さを確かめ、壊れ物を扱うように慎重に瑞兎へ返してくる。
けれど瑞兎は受け取らずにベッドの上に置き、鞘を撫でて肩をすくめる。
「つまり、その、すまない、理解が追いつかなくて」
「スサノオは次の役目を持った葦が生まれてくるのを待てなかったようで、私を生かすことにしたんです。この刀が枯れ葦を切ると、私の命の期限が伸びる」
「まさか、そんな……」
「だから若は枯れ葦を探しているんです。私が長生きするように。本当に困った方ですよね」




