41話 おはようございます
バシン、と頭を叩かれてわっと目を開けた。
白い天井が飛び込んできて、夢から覚めたことをゆっくりと認識していく。
止まっていた呼吸が再開したのか吸い込んだ息に咳き込み、完全に覚醒した。
状況を掴めないまま周りを見れば、ベッドに横たわっていて、そして隣には陽之衛が腕を組んで座っていた。
「若様、」と瑞兎はかすれた声で名前を呼び、頬に熱いものが伝ったのを感じ取り、触ってみれば泣いていた。
起き上がってもう一度自分の状態を確認する。
ガウンを着ている。
薬品の匂いも鼻をくすぐり、おそらく病院にいるのはわかったけれど、脳が揺れていて理解が追いつかない。
「いったいなにが、そうだ、将志郎さんと八重は!?」
「無事だよ。なんなら将志郎は横にいる」
冷静に言われきょろきょろと探してみれば、たしかに陽之衛の横に驚愕して固まっている将志郎がいた。
腕や頭に包帯が巻かれていて痛々しい姿だ。
けれどそれ以外に目立った外傷もなく、歩き回れていることに安堵した。
触手に貫かれていたのに体が頑丈だったのが功を成したということらしく、顔の血色も明るい。
「どれだけ寝ていました……? あまりよく思い出せなくて、申し訳ありません」
締めあげられているのに似た痛みのある頭を手で押さえる。
陽之衛が首を横に振り、肩を撫でてきた。
温もりを感じ取って、自分の体が冷えていたことに気づいた。
続けて質問しようにも、布団に入るよう目で指示されてしまう。
こういうときの陽之衛は頑固なので大人しく従って寝ころび直し、掛布団を口元が隠れるまで上げた。
その行動に満足したのか、陽之衛はおでこをよしよしと撫でてくると、今度は将志郎にも同じことをしろと無茶を言う。
そのせいで二人に髪をもみくちゃにされて「うわ~っ」と情けない声がでた。
直前に見た夢の内容はもううっすら忘れ始めているが、嫌なものだった感触は残っている。
だから陽之衛たちの手は瑞兎にここが現実だと実感させてくれた。
擦り寄せると肌の温度か少し上がる。
「二日くらい目を覚まさなかったんだよ。まったく、心配させるなんてどういうつもりだ。将志郎だってずっとそばにいてくれたんだから、お礼を言うように」
「あ、ありがとうございます……」
いつもの調子の陽之衛に跳ね上がっていた脈が落ち着いていく。
将志郎の目の端が赤くなっているのもわかり、本当に心配をかけてしまったんだなと反省した。
どんな言葉をかければいいか見つからないが、布団の端から手を出してみれば、陽之衛がぎゅっと握ってくる。
くすぐったい感触に「ふふっ」と思わず笑ってしまった。
だって怖かったのだ。
陽之衛がもしあのまま『スサノオノミコト』から帰ってこなかったらどうしようと不安だった。
しかし目の前にいる陽之衛は快活で自由人のとても手がかかる愛らしい若様で、瑞兎はやっと心の底からほっとした。
「若様に戻ってる。良かった」
「呑気だなぁ、ったくもう。じゃあ俺は鹿島と八咫に今回の話をしてくるから、おとなしくしてるんだよ。将志郎が話し相手になってくれるからね」
「ま、待ってください。記憶を消すなら話をするべきではないですよ!」
「違うよ。全部説明しておいてってこと。……俺のこともね。その、まぁ、なんというか。いろいろあって! 将志郎の記憶は放っておいていい」
陽之衛は目をあちこちに泳がせて、将志郎の肩を強めに叩いた。
歯切れの悪い回答に困惑してしまい、身じろいだ瑞兎はベッドから落ちそうになる。
なんとか耐えたものの、放っておけというのは変だ。
例外なく葦に関する記憶は消しておかなければならないのに、いくら陽之衛がいいと言っても規則は覆るはずがない。
じっとにらみつけて、陽之衛から答えを引き出すまで視線を離さずに待つことにした。
訪れた静けさに開いた窓から鳥の鳴き声が聞こえてくる。
将志郎もごく、と唾を飲みこんだのか喉が動いた。
顔をしかめた陽之衛は何とか逃げ切ろうとしているようで、口をへの字に曲げる。
しかし今回ばかりは瑞兎への罪悪感が勝ったらしく、ため息を吐いた。
「わかった! 消さなくていいの!」
「ダメです。ちゃんと説明してください」
う、と陽之衛が言葉を詰まらせる。
普段あんなに傲慢で唯我独尊の陽之衛がここまで身を小さくしているのはおかしい。
元からふわふわした話し方をする方だが、輪をかけてのらりくらりと確信を外している。
さらににらめば、ついに観念したのか頭を掻きむしった。
「将志郎が関わった一連の事件は全部関係があるんじゃないかって疑ってるんだよ。かまいたち事件も今回の八重のことも! それに、これはあんまり言いたくないんだけど、屋敷の件も」
思わず息を飲み起き上がろうとした瑞兎だが、脇腹が痛んだせいでうめいただけになってしまう。
いまさら昔に住んでいた屋敷の話が出るなんて信じられず、かぶりを振って震えだした手で枕を掴んだ。
一度は遠ざかった夢が、脳の奥から冷たい影をまとって戻ってくる。
「八重に絡みついていた蛇がいただろ。あれは前に屋敷をおかしくしたやつと同じだと思う、たぶん。スサノオが出てきたから信ぴょう性は高い。だから俺は鹿島たちと話してくる。それに二回とも将志郎を巻き込んでしまってるから、俺も責任を感じてるの。その都度記憶を消してたらこいつアホになっちゃうかも」
これでいいか、と言いたげに一気にしゃべった陽之衛に指を鳴らされた。
しかし納得できるわけもなく、瑞兎は唖然としながら陽之衛と将志郎を交互に見る。
将志郎がややぁっと自分の腕の包帯を撫でてから、少し位置をずれて瑞兎の顔を覗き込んできた。
不安がにじんだ目が揺れている。
「その、そういうことらしい。すまない」
「はい、てことで全部説明しておいて。もーっ、八咫の野郎どこまで気づいてたか問い詰めてやる!」
これ以上は大人しくできなかったようで、陽之衛は勢いよく立ち上がった。
そのせいで椅子が倒れてけたたましい音が病室に響く。
他に患者が寝ていなくてよかった。
そして止める暇もなく陽之衛が脱兎のごとく飛び出していったから、残された二人は言葉もなく固まり、しばらく出入り口を眺めていた。




