38話 どうにかしないと
信じてもらえるかどうかなどどうだっていい。
ただ事実を伝えているのが誠実だと判断した。
巻き込んでしまった以上誤魔化すことは不可能だ。
案の定、将志郎はさらに絶句して固まってしまう。
「あの子は変化するはずがなかった。でもあれは確実に枯れていたんです! だれかに無理やり枯らされたんだ、そんなこと」
ありえない。最後の一言は口からは出ず飲み込んだ。
なにせ目の前で実際に行われたのをこの目で見てしまったのに否定なんてできない。
瑞兎の震え始めた手に自らの手を重ねて、将志郎が視線を合わせてきた。
しっかりと見つめてきた彼の中にはまだ困惑も疑念もある。
しかし瑞兎の細い手を握りしめ、「承知した」と深くうなずいた。
「とにかく異常な事態が起こっていることはわかった。陽之衛も葦なのか」
「いえ、人間です……。でもこのままだとまずいんです」
「なにがまずいのか教えてくれ」
「陽之衛様の中には、その、」と勢いに任せようとした瑞兎の口が結ばれる。
まだ残っていた理性があと一寸のところで止めてきた。
それだけは言ってはならぬときつく約束した枷が耳の奥で冷たく鳴る。
「──無理を強いるつもりはないから安心してくれ。とにかくいまは八重をどうにかすればいいんだな?」
そう言って二人から離れ、木刀を掴もうとした将志郎をすぐに制止した。
決して人間が太刀打ちできるものではないと頭でわかっているから、彼の決意を止めなければと胸が傷んだ。
守ってくれと頼んだのは自分たちなのに、いざとなったら下がれだなんて虫が良すぎる。
けれど人間は本来葦に守られるべきものだ。
彼らに守られるなど規則違反にも等しい。
扉の方へ向かう将志郎に伸ばした腕が届かず、しかし瑞兎は足がすくんで立ち上がれなかった。
抱えている陽之衛の体がどんどん重くなってきているのもあるせいだろう。
「だめです、とにかく若様が目を覚ますよう手伝ってください。そうしたら私の中に仕舞われている刀が使えるので、それでどうにかするしかないんです。枯れた部分を刈らないと」
「でも傷が深すぎる。その刀は俺には扱えないのか。そうか、人間では無理なのか。悔しいな、せっかく鍛えているのにお前たちを守れないなんて」
軽口を叩いているが、額に浮かんでいる汗は余裕のなさを表している。
二人で必死に陽之衛に呼びかけるがやはり反応はないままだ。
刻一刻と社の崩壊が近いと軋む音が伝えてくる。
けれど瑞兎たちは必死になりすぎたせいで気づくのが遅れ、なにかが派手に割れた音でやっと察知した。
一瞬の隙に鋭く刃のようになった触手が扉を突き破っていた。
刃は扉の真後ろにいた将志郎の肩を貫き、瑞兎たちの鼻先で止まった。
切っ先から赤い雫が滴っている。
「ぐ、アァァ! 逃げ、逃げろ瑞兎……!」
「将志郎さん! そんな、いやだ、」
ずる、と刃が肩から抜けると血が噴き出す。
着物が真っ赤に染まり、陽之衛の顔にも飛び散った。
「早く!」と叫んだのが最後に、将志郎の意識がふっと切れ、倒れこんできたのを慌てて受け止めた。
彼の肩越しから見えた外の景色が開けた。
だがすでに八重の姿はなく、泥の塊が雄たけびをあげていた。
不完全に枯れ葦となった影響で暴走している。
鼻に鉄の匂いが充満してくる。
背中が折れてしまいそうなほど震え始め、赤子の話す言葉に似た音を口から出し続けた。
(倒さないと。私がやらないと、このままじゃ将志郎さんが死んでしまう。刈穫ができるのは私と若様だけ、なのに。動けない。どうして、助けて、陽之衛さ──)




