36話 最悪だ
彼が開ける前に扉が内側からいきなり開いた。
バン、と激しい音ともになにかが勢いよく飛び出してきて、瞬く間に目の前にいた陽之衛に噛みつこうとしてくる。
突然の奇襲に、なんとか腕で顔を覆うが間に合ったか確信が持てなかった。
その間にも八重が耐えられなかったのか絶叫し走り去っていく。
「危ない!」と鋭い叫びが耳に届いたときには棒が空気を切る音とうっすらと吹いた風が陽之衛の腕を撫でた。
視界を自由にすると、どうやら将志郎がとっさに飛び出してきたものを木刀で薙ぎ払ってくれたようだ。
慌てて周囲を確認すれば、白い蛇が地面を這いつくばっていた。
まごうことなき蛇だ。
もう一匹も出てきて叩き落とされた蛇をかばうように覆い被さると、二匹は急いで八重が逃げていった方へ這って行った。
『ギャン! イタイ、イタイ、ヒドイ!』
「待て!」
陽之衛が即座に起き上がって蛇たちのあとを追いかける。
一連の流れはまばたきに近く、唖然としていた瑞兎が将志郎に肩を叩かれ、ようやく止まっていた息を吐いた。
ドッと湧き出した焦りに胸を掻き抱いて、辺りを確認した。
空が歪んできている。術はあの蛇が起点になり行われたのだろう。
だが瑞兎はもうそんなことはどうでもよかった。
いまは一刻も早く主人を止めなければ恐ろしい事態を招きかねない。
「いけない、いけません! 若は蛇が嫌いなんです!」
「だったら俺たちも早く追いかけよう。走れるか」
着物の瑞兎に気を使ってくれたのか将志郎が手を握ってくる。
こんなに異様な空間でもどうして彼はこんなに冷静なんだ、と疑問は浮かぶが考えている暇はとうに失っていた。
そしてうなずき走り出した瞬間だった。
けたたましく物が壊れる音が境内に響き、地面が不規則に揺れた。
わ、と足をもつれさせた瑞兎が将志郎の固い胸にぶつかるように倒れこむ。
嫌な予感に背が震えた。刀が唸っている。
おそらく陽之衛になにかあったのだと刀越しに伝わってきて体から血の気が引いていく。
冷えた体は走り出す力すらも奪っていきそうだ。
地面がなおも揺れ続けているせいで足元が不安定なままで、将志郎に支えられながら神社の正面、参道へと急いだ。
「蛇が嫌いなだけであんなに血相が変わるものかな!」
問いは耳からすり抜けていく。
将志郎が困惑しているのは当然だ。
陽之衛があの白い蛇を目にしたとき、彼の瞳の色が変わったのだけは瑞兎も確認できていた。
もっとも熱くなった青い炎を彷彿とさせる色が宿り、いまにも燃え盛ってしまいそうな体。
忘れもしない。そんな彼を見たのは、出会ってから二度めだ。
一度めは子どものときだった。
陽之衛が『正体』を明かす前の特徴だと瑞兎は知っている。
だから転びそうになりながらも必死に走った。
(間に合わなきゃ、お願いだから! まだ陽之衛様を〝人間〟のままでいさせて……!)
祈るように奥歯を噛めば、頬の内側を挟んだのか口の中に鉄の味が広がる。
焦れば焦るほど速度が落ちていく感覚に胸が苦しくなった。




