33話 異変の始まり
村から数分歩いたところに神社はある。
高台になっており、上からは村の全貌が見下ろせた。
立派な社殿を構えているが、廃社になったのはかなり前だとわかるほど汚れや傷が目立つ。
瑞兎は鳥居に触れてみたが、感じ取れた力はごくわずかだった。
この神社にはもう分け御霊はいない。
信仰が少なくなり、神も引き上げてしまったのがわかり悲嘆が自然と零れた。
時代が新しくなりこういう場所が増えているとは聞いていたが、目の当たりにすると痛ましさに打ちひしがれそうだ。
あの薬屋で家から力を感じ取れたのは、神棚できちんと崇め、信仰を受けているからだろう。
そうでなければこの神社と同じく建物すらダメになってしまう。
陽之衛に背中を叩かれて、強張っていた背筋を伸ばした。
「変わった感じはしないね」
「はい。祀られていたのはオオゲツヒメだったみたいです」
「わ、よくわかりましたね! 八重が来るずっと前に別の大きい神社に行くようになったんですって」
「別の?」
「なんでもご利益がなくなったから、だとか。この神社を見たときは愕然としましたよ。世知辛い話ですよねぇ」
色が剥がれぼろぼろになっている社を眺めた。
吹いてきた風もどこか冷たくて瑞兎は体を震わせる。
ふと、感傷に浸っている三人の横で将志郎が居心地悪そうに地面に落ちた葉を拾いながらわざとらしく息を吐いた。
「見ただけで祭神がわかるのか? それにしてもひどいありさまだな。こんなところで遊んでいた子どもたちもずいぶん怖いもの知らずだ」
「かくれんぼにはぴったりですね」
中に踏み入り、それぞれが見て回ったがおかしなところは見当たらなかった。
廃墟という異様な空気は漂っているが、神の依り代である瑞兎と八重もとくに何も感じれず、やはり神隠しだなんて名前の愚かさに呆れる。
あらかた、人間たちはあやかしの場所に踏み入ってしまったのかもしれない。
だったらそのあやかしを探して注意するだけでことは済むはずだ。
一通り確認したのでボロボロになった賽銭箱の前に集まった。
将志郎はどこかから木刀を拾ってきたらしく、興奮したように振り回して陽之衛に自慢していた。
「オカルト調査って感じがして面白いな。でも今回は空振りだったか」
「その振り回すのやめろ。たしかになにもなさそうだけど、むしろそれが怪しいんだよ」
「え?」と将志郎がぽかんと口を開いたまま固まった。陽之衛が同調してくれると思っていたのに、予想外の返答をされて思考が止まったらしい。
会話を聞いていた瑞兎はすぐさま陽之衛のそばに駆け寄った。耳打ちするために声を潜める。
「気になることがありましたか」
「嫌な予感がする。うなじがかゆくて仕方ないんだ」
「だったら将志郎さんを村に帰すべきでは。そういう時は危険なことが起こるんですから」
人が消えている以上、今後何かが起こる可能性は確かに高い。
瑞兎はいくら将志郎が武士の子で腕に覚えがあるからといっても危険はつきものだ。
けれど陽之衛は瑞兎の助言に従うつもりはないのか、首を横にはっきりと振った。
「いや、連れてく。あいつがいないとダメな気がするから。もし都合が悪いんなら全部話してしまえばいい」
「今度は記憶を消せないかもしれないんですよ」
「そもそも消す意味ってなに? どうしてお前たちは人から隠れたがるの?」
突然何を言い出すんだと目を剥く。
陽之衛の真剣な瞳は刀の切っ先のように鋭く、瑞兎の眼前に突き立てられていた。
思わず将志郎の方を横目で見て言葉を詰まらせる。
咎められた経緯が掴めず、口がまごついた。
「それは、人間と葦の境界を守るためで……」
「くだらない。お前たちはあいつらに言いなりで本当に報われてるの? 将志郎にずっと気持ちを伝えないままでいいわけ?」
「いまそれは関係ないでしょう!?」
叫んだ瑞兎に将志郎と八重が驚いて、わっと肩を跳ねさせた。
拳を握って陽之衛の確固たる意志のこもった瞳に、これほど強い怒りが湧いたのは始めてだ。
一触即発になった二人の間に将志郎たちが慌てて入る。
「二人ともどうしたんだ。落ち着いて、俺がなにか粗相をしてしまったのか?」
「違います」と瑞兎は将志郎の手を振り払ってしまった。
あ、とその手を握り直して顔を横に振り、きちんと謝る。
その様子を見ていた陽之衛が長く息を吐き、呆れた声色で親友の名前を呼んだ。
何をする気かわからず、けれど止める前に主人の強い目にまた咎められ、反射的に言葉が引っ込んでしまった。
きまずい空気が流れだしたせいで、ついてきていた八重も困惑しながら声をかけるべきか迷っている様子で見守っている。
しかしその空気は一瞬で塗り替わった。
『アハハ、……ハハ』
社の奥の方から、楽しげな子どもの笑い声が聞こえてきたからだ。




