30話 お久しぶりです
しばらくすると、心地よい午後のまどろみは瑞兎にも眠気をもたらした。
あくびが止まらなくなり、涙目を何度も擦る。
将志郎もいることだし人が来ても平気だな、と目をつむったところで扉がバンッと勢い良く開き、来客の鐘が鳴り響いたので結局瑞兎は飛び起きた。
そのせいで陽之衛がソファから落ちてゴンと鈍い打撃音が足元から聞こえた。頭を打ったらしい。
「痛い!」
「ご、ごめんなさい、つい驚いちゃって! あー、たんこぶできちゃうかな」
「相変わらずにぎやかですねぇ」
慌てふためく瑞兎たちを見た客人がのんきに笑った。
ちんまりとした背の女性はためらいなく事務所に入ってくると、自分で麦茶を注いで一杯飲んでから一息吐いて汗を拭う。
その手にはサカキが握られており、着物の袖をまとめた格好をした彼女の腰巻きには『薬』と大きく書かれていた。
「千代さん!」と瑞兎が陽之衛のデコを撫でながら彼女の名前を呼ぶ。
やってきた少女は、あの薬屋で助けたキサガイヒメの葦だ。
体調も回復して、いまは元気に働きながら乳母もやっており忙しい毎日らしい。
刈穫を行った後も親交は続いていた。
「あとで痛み止めでも持ってきましょうか。というかお邪魔しちゃいましたね」
「気にしないで。今日はどうなさいました?」
「いや、ここ調査事務所だったなぁ、と思い出して。ちょっと依頼してみようかなと」
痛みにいじけていた陽之衛が起き上がってソファに座り直し、続けろと言いたげに手を振る。
失礼な態度だが相手が若なら気にならないらしく、千代も「妹がいるんですけど」と打って変わって真剣な顔つきになった。
「最近変な事件が近所で続いたんですって。あの子が働いているところの近くに廃れた神社があって、子どもたちの遊び場になっているそうで」
「ふんふん。いかにもいわくつきそうな舞台が出てきたじゃん」
「まさにその通りで、遊んでいた子どもが消えたんですよ。ただその子はすぐに見つかって、でも今度いなくなった子は次の日になっても見つからなかったんです。警察にも連絡しようと大人たちは大慌てになったけど、二日後にひょっこり帰ってきた。親がどんなに叱っても問うても子は『覚えてない』と言うばかりで、その神社にはだれも近寄らせないことになったとか」
「ということは無事だったんですか?」
「えぇ。どこも変なところはなかったそうで、いまも元気。でも噂が湧いちゃったらしくて、今度は学生とか記者とかが神社に入るようになったの。そしたらその人たちも消えた」
「神隠しねぇ」と陽之衛が顎を掻く。
どこかいぶかしげな言い方に千代が眉をひそめた。
「ひどい名称ですよ。神様たちが人をさらうなんてしないってのに」
「神様たちもそんな暇はありませんからね。いたずらが好きなどこかのどなたかは別ですが」
「は? 俺は関係ないでしょ。人間の名前付けなんて適当なんだから気にするなよ。葦はあいつらの肩を持つから良くない」
葦たちの視線が集まったのを煩わしそうにいなして陽之衛がふんぞり返る。
どうしてそう得意げなんだと呆れてから、では、と瑞兎は仕切り直し手帳にまとめた内容を読み返すことにした。




