29話 月は変わりまして
いよいよ夏が近づいてきている気配がする。
適度に湿った空気を吸い込めば絡みつく暑さが喉を焼きそうだ。
カラカラに乾いた地面に水をまき、畑をいじっていた瑞兎は土に彩りを添えている野菜に胸を躍らせた。
いくつか収穫して、あとどれくらいですべて実るか指折りで計算しつつ、まぶしい日差しを避けるように急ぎ足で家に戻る。
汚れた服を素早く着替える。
準備していた麦茶を陽之衛の分も湯のみに注ぐと、早く飲みたいのを我慢して事務所に持っていった。
ちょうど友人が来たところなのか笑顔で迎えていたので急いでもう一つ麦茶を注ぐことになった。
どこか慌ただしい事務所内には書類や本が床にも積み上げられている。
最近は依頼の件数も増えてきているおかげで資料を何個も取り寄せなければならなくなった。
と言ってもほとんど二人にとっては外れの案件だし、オカルトというにはいたずらじみたものも多い。
けれど陽之衛にはちょうど良い暇つぶしなようで、この間も河童を探しに行った、一応見つけたのだが、彼らの生活を守るために適当なことを依頼人に伝えて事なきを得たばかりだ。
その前はたしか自分の飼っている猫が猫又になるかどうか調べてくれというかわいらしい依頼だった。
安いので子供たちからよく相談が来るのだが、これには将志郎が一役買っていた。
「稽古場に広告を張ったのは効果てきめんだったろう?」
どうやら瑞兎が帰ってくるまで、陽之衛の小言を聞いていたのだろう。
ややぁっと呆けていた顔を明るくし、誇らしげに言いながら将志郎が麦茶を飲んだ。
彼の実家こと元士族の由良家は文明開化後に剣道の道場を開いた。
父親たち含め人当たりもよく、まじめだったおかげでいまでも多くの生徒が通っており、将志郎も師範として生徒たちを指導している。
そして子どもというのは不可思議なものに遭遇しやすく、噂話も無尽蔵に流れてくる。
しかし自分たちで調べる術を持たない。
そんな彼らには「頼れる師範の親友がやっている調査事務所」という宣伝は魅惑的だった。
集まったものを高千穂オカルト調査事務所が一括で巻き取っている、というわけだ。
おかげで台所の戸棚にはお菓子が大量に常備されるようになった。
話が長くなったので三人でそのまま昼飯も済ませ、優雅な午後が訪れる。
眠そうな陽之衛がソファに寝ころんだ。
瑞兎がうちわを扇いで風を送ってやればすやすやと規則正しい寝息が聞こえてくる。
あら、と上にタオルケットをかけて寝顔を覗いていると、将志郎が「そう言えば」とつぶやいた。
進めてた大学の課題に飽きたのか、涼やかな目がこちらに向いていてドキリと瑞兎の胸が跳ねる。
「どうして二人はオカルト調査事務所なんて始めたんだ? 親父さんから引き継いで事務所をやってたのは知ってたが、まさか超常現象に絞るなんて意外だったんだ」
今度は心臓が嫌な跳ね方をした。
いまさらそんな質問が飛んでくるとは思っておらず、動揺して目をそらす。
この青年の記憶がきちんと消えているか定期的に確認しているが、たまに彼は鋭い質問をしてくるから言葉を詰まらせてしまう。
頭を巡らせてやっと考え付いた答えをそっと口から出した。
「オカルトというのが流行っているから、だそうです」
「そういえばツチノコの話とかしてたな」
話し声に陽之衛が身じろぎをした。
部屋の中を静寂で包むために、瑞兎はシーッと口の前に指を立てて息を吹いた。
将志郎も手を振って机に視線を戻してくれた。
胸を撫でおろし、寝息と書き物をする音、そして風鈴の音色に緊張した気持ちと心拍数を落ち着かせていく。




