19話 演技は魂でするもんじゃい
「うまくいきそうだな」と将志郎が耳打ちをしてくる。
体温が一気に上がったが喜びを表に出さぬよう気をつけた。
計画は自分の感情一つで簡単に崩れるものだ。
だから奥歯を強く噛み、口角があがりそうになるのをこらえた。
ほどなく人通りの少ない川沿いに着く。植わっている桜の木の下に二人で並んだ。
おそらく陽之衛もどこかにいるだろう。
「お話があると手紙には書いてありましたが」
甘く優しい声の問いかけに、演技、と自分に言い聞かせた。
喉の調子を整えてから、なるべく声を高くして「はい」と返事をする。
陽之衛が立てた作戦は、いつもと同じように瑞兎を囮にしたものだった。
おそらく犯人は将志郎が告白されている様子を見ているはずだろう。
だから瑞兎を標的に仕立て上げ、あとは襲われそうになったところを待ち伏せし正体を暴く。
単純だが一番手っ取り早い方法だ。
だからありったけ熱烈でなければならない。
ンン、と喉を整えて瑞兎は伏し目がちになり、切ない声が出るように努めた。
「いつもお姿を拝見しておりました。瑞子と申します。突然お呼び立てして申し訳ありません。その、どうしても由良様にお伝えしたいことが」
「待って」と将志郎が人差し指を口の前に立てた。
「私に気持ちを伝えるとケガをするそうです。やめた方がいい」
「知っています。だけどその噂を否定したいんです。だから、はしたないけれど言わせて欲しいの」
と、と一歩足を進め将志郎にもたれかかるように体を預けた。
胸に顔を埋める。
羞恥心が込みあがってきて吐きそうになったが、将志郎を救うためだと堪える。
(ええい、こうなったらもうやけだ! めいっぱい大袈裟にやってやる!)
瑞兎は目にできるかぎり涙をためて将志郎を見上げると、驚いた顔の彼がいた。
背中に腕が回ってきて抱きしめられ、さらに体が近づく。
心臓が爆発しそうなほど大きく脈を打ち始めたから、落ち着かせようと息を吸って彼の服を緩く掴んだ。
「由良様のことをずっとお慕いしておりました。貴方は覚えていないかもしれませんが、以前助けていただいたときから……。ご迷惑だとわかっています。でもこの気持ちを伝えないと私、胸が苦しくて!」
瑞兎には演技の才能がないようだ。
正直ほぼ本音が混じったおかげで成り立ったもので、端から見れば客も盛大に呆れるだろう。これで本当に騙せるのかしらと冷汗が噴き出す。
将志郎も黙ってしまった。ちら、とおびえながら目元をのぞき込んでみた。
けれど瑞兎が下手だから黙ったわけではなかった。
なにせ彼の顔が真っ赤に染まっていたからだ。
腕の力が強くなり、ぴったりと密着する。
さらに熱い体温が瑞兎の頬に伝わってきて、心臓がいよいよ破裂する寸前まで脈が早くなった。
いままでの女子たちにもこんなことをしていたのだろうか。
こんな反応をされたら結果がわかっていても勘違いしてしまいそうだ。
これ以上はまずい、と胸を手で叩いて合図を送る。それで我に返ったのか将志郎が慌てて体を離してきた。
「とても、嬉しいです。俺は……。俺も瑞兎を、」
風がさぁっと吹いた。
肩を掴んだままの将志郎は真剣なまなざしで瑞兎を見つめてくる。
熱のこもった視線に「へ?」と間抜けた声が出た。いま名前を呼んでこなかったか。
続きそうな言葉が予定と違うものになりそうな気配を察知し、だとすると計画は失敗になるわけで、怒った陽之衛に折檻されてしまう!
止まりかけていた息を勢いよく吸って咳ばらいをした。
将志郎が目を見開き、正気を取り戻そうとするように首を横に振った。
「すみません。貴女の気持ちには答えられそうにない。自分には心に決めた人がいるのです。ほかの女性たちにもそう言ってきました」
「そ、そうですよね、由良様は立派な方ですもの。とんだご迷惑をおかけしてしまったわ。はしたない女でごめんなさい」
将志郎の影に隠れ精錡水で目を濡らし、
泣いているふりをする。
ややぁっと将志郎が懐に手を伸ばし拭うものを取り出そうとした瞬間、陽之衛が家屋の裏から飛び出してきた。
二人が驚いている間に駆け寄ってきて、将志郎が取り出そうとしていた物を無理やり引っ張り出す。
「ハメられた……!」
その手の中にあったのは、例のハンカチと瓜二つの物だった。
瑞兎もすぐに検分をするが、タレがついている位置が持ってきていた『本物』のハンカチと一致した。
しかし椿の匂いはしない。二人の様子に将志郎は戸惑いの目を向けた。
「お前、いつからこれを持ってたんだ!」と陽之衛が怒鳴る。
「待ってくれ、俺が持っていたハンカチはそれじゃないはずだ。今朝は黄色い物を手に取ったのをたしかに覚えて──」




