17話 考えましょうそうしましょう
しっかりと送り出され、土産までもらって二人は無事に事務所まで戻ってきた。
結局夢子と話はできたものの、警察が調べ上げているものから新情報はなく、彼らの仕事の徹底ぶりに自分たち素人との差を痛感する。
そんな瑞兎の焦りはどうでもいいのか、陽之衛はご機嫌そうに野良猫に餌をやっていた。
「そう落ち込むなって。重要なものも手に入ったんだから」
「言っておきますけど、本当にただのハンカチですからね。呪いがかけられてるとか、なにかが化けているとかまったくありませんから」
「だろうね。でも俺が知ってる限り、将志郎は同じものを何個も持つようなやつじゃないよ。あいつ結構移り気だから」
「どういうことです?」
「将志郎がそのハンカチを何枚も持ってたらおかしいってこと。だからまずはそこをはっきりさせないと、というわけでぇ」
にんまりといたずらが成功したように陽之衛が笑った。
するとちょうど玄関の戸が叩かれ、応対しようと開くと見知った顔の者が立っていた。
日焼けしている少女が小包を抱えている。
彼女は葦たち御用達の特殊な飛脚便だ。
「お届け物です。頼まれたもの、警察署から」
「待ってました!鹿島のやつちゃんと用意してくれたんだ」と陽之衛が満面の笑みで荷物を受け取った。
いそいそと箱を開けると、証拠品の方のハンカチが入っている。
「うん、でもなんかすごい慌ただしかった。逮捕状が、とか緊急、とか人間たちが騒いでたよ」
「相変わらず節操なく不穏ですこと。だったら計画を早めないといけないかな。晴己も手伝う?」
「若から誘われるなんて光栄だけどまだ配達が残ってるから、遊ぶのはまた今度がいい」
会話を聞いていた瑞兎の背中が激しく粟立った。
大概はこの後訪れるであろう自分の身に降りかかる不幸を知らせる合図だ。
まさか、と陽之衛の肩を掴んで揺さぶる。
「計画ってなんですか、聞いてません、せめて情報共有くらいしてください」
「えー、考えればわかるだろ。まずはお嬢様のものと現場のハンカチの正体を確かよう」
「そのあとはどうするんですか。待って、さっき晴己が言っていた逮捕って、うそ、うそですよね!?」
「たぶん将志郎のことじゃない? 面白くなってきたね!」
ハンカチは受け取っておくが、怒りを込めてぎゅううっと陽之衛の頬を引っ張る。
さすがに痛かったのか涙目になっていた。
だがもし本当に将志郎が逮捕される予定ならば急がねば。
心の中でありったけの暴言を述べたあと、瑞兎はハンカチを並べた。
二つは寸分たがわず同じものだ。
どちらかわからなくなったら困るので目印をつけておく。
ちょうど夢子にもらったお菓子が紅白の落雁だったので以後は彼女から借りたものは赤色の方、証拠品の方は白色の方とする。
もう少し詳しく比べてみた。
色は水色。
材質も両方ともちりめんで、手触りにも違和感なし。
端の方に汚れがついている。
「これ、団子を食べてたときについたやつだ。俺がこぼしたタレ」
「慌てて食べるからこぼすんですよ」
は、と違和感に気づき見比べた。匂いを嗅ぐ。
さすがにタレの残り香はしないが、赤の方はかすかに椿の香りがした。
しかし白は無臭だ。
それからシミの形を図ってみる。
ひとつ見つけると芋づる式に見えてくるもので、そもそもまったく〝同じ〟ということ自体が手掛かりとなった。
一枚一枚には特徴が出るはずである。
縫合がずれたり、模様や色の微差からも別のものという証がでてくるだろう。
それが一切ないのだ。
白の方を手に取りなにかまじないがかけられていないか確かめた。
案の定、まさにまじないがかかった形跡に気づく。
ぎゅ、と握って振ってみると手の中にあった布に光がかかった。
陽之衛が目を見張る。光の粒が散るとハンカチは一枚の葉っぱに変わる。
赤の方も試してみたが、布のままだった。
「あたりです」と瑞兎が机の上に葉を戻し、頬に手を当ててため息を吐いた。
陽之衛が嬉しそうに指を鳴らす。
「やっぱり裏にいたのはただの人間じゃなかったかぁ。枯れ葦かな、そうじゃないと受けた意味がないもんな」
「どこにも術の痕跡がないのでそこまでは特定が難しいですね。ただ私が暴けた以上、葦に関わりがある者の仕業だとは思います」
「術のあとがない? だったらたぬきたちがやった可能性もあるってこと?」
瑞兎は首をひねって考えてみる。
もう一度ハンカチだった葉をよく観察してみた。
ただの大葉だ。
いくら見てもこれ自体にまじないの術はかかっておらず、おそらく複製をするために別の場所で変化させられているのだろう。
「とにもかくにも若が関わるに足る事件になりましたよ。葦でないにしても人を傷つけた者がいるのは間違いありません。とっ捕まえれば全部わかりますし、警察に突き出してやりましょう!」
「うん、だから将志郎に告白してきてくれる?」
「はい?」
「好きなんでしょ。伝えてきて」
(いや、えっと、──なんて??)
思考と息が止まった。
陽之衛が突拍子がないのはいつものことだが、今回ばかりは何を言っているのか本気で理解ができない。
そもそも想いを伝えるつもりはないとか、彼に許嫁がいるのではないかとか、考えるよりも早く口からいろいろ飛び出していく。
しかし陽之衛はすべてを払いのけた上に「落ち着け」とビンタしてきて、衝撃のあまりソファに倒れていた。
なぜこんな仕打ちを受けたんだと自然と涙が出てきた。
「あくまで演技の体でいいから。あとあいつに許嫁はいないよ。はい、論破。やれ」
「でも、うぐ、ほかの人間を巻き込むわけには、それをしないと将志郎さんも逮捕されるかも、うぅ~!」
岩戸に隠れた天照大神の気持ちがわかった気がした。手でソファをバンバン叩いてから、瑞兎はゆっくりと起き上がる。
(やだやだせっかく友達として仲良くしてくれてるのに! 犯人が葦であってほしいと願うなんて!)
着物を整えて、か細い声で「わかりました」とうなずいた。
そりゃ、若様がだれかに愛を伝えているところなんて一切想像できないし、演技ができるとも考えられない。
適任は自分だと言われたらその通り。
彼に逆らえるかと問われれば首を横に振る。
ならば用意された選択肢は最初から「はい」だけだ。
「あ、念のため変装、いや女装がいいか」
「こ、この若は〜〜〜!」
さすがに女性着物は持っているわけがない。
大急ぎで懇意にしている呉服屋に電話した瑞兎だった。




