16話 お嬢様と若様
翌日になり、調査事務所の二人はさっそく教えてもらった『夢子』の元へと向かっていた。
着いたのは大きな屋敷だ。
立派な門があり、ご丁寧に門番が立っている。
恐る恐る紹介で来たことを告げると、じろりとにらまれてから中へ通された。
そして家の方から急ぎ足で老人がやってくる。
この家の執事だと説明され、家主に代わって話をしに来てくれたそうだ。
「お嬢様は足だけでなく心にも傷を負わされたのです。おいたわしい……」
「そんな中おつらいことをお聞きするような形になり申し訳ありません。犯人を捕まえるためにご協力いただきたいのです」
瑞兎の真摯な声色に執事も心を打たれたのか、涙を拭ってからお嬢様の部屋へと案内してくれた。
昨晩の内に友人からも連絡がきていたらしく、すんなりと話が進んでいく。
執事が戸を叩くと、「どうぞ」と可憐な声で返事が来た。
そのまま中に通されれば、いかにも少女趣味の小物であふれている部屋が広がる。
アールヌーボー調の家具がなんとも華やかだ。
大きなベッドの上にお嬢様は座っていた。
きらびやかさに瑞兎は目がくらくらした。
「ご機嫌よう、話は聞いております」
執事が用意した椅子に座るとお茶菓子も運ばれてきて、簡単なお茶会が開かれた。
焦点は事件当日の動き、そしてどうして標的になったのか、だった。
いくつかの質問に夢子は素直に答えていく。
「私も取り巻きの内の一人でしたわ。チエ子も私も、由良様の美しさに胸を打たれまして同好会のようなものに入っておりますの。皆が恋愛の感情を抱いているわけではありません」
「でも貴女は告白したんですよね」
すかさず陽之衛が指摘すれば、夢子は髪の毛をいじってからうなずいた。
いかにもお嬢様という態度に瑞兎はうっかり苦笑する。
「えぇ、だって結局好きでしたもの。女性の対応ができてませんのね、いつも由良様と一緒にいるくせに」
一触即発になりそうな気配を察して瑞兎が陽之衛の口を手でふさいだ。
軽く咳ばらいをして話を引き継いだので、事なきを得た。
回りくどいやり方が好きではない若にとって、この時間は無駄に等しいのだろう。
「襲われた当日は将志郎さんに告白をされた日で間違いありませんか」
「そうです。チエ子にも訊いてごらんなさい。確認が取れると思うわ」
「夜に出歩いていたんですね?」
夢子が一瞬動揺する。
口をきゅっと結んでから、ゆっくりと「そうよ」と紅茶を飲んだ。
しかし調査員たちがまだ疑惑を持とうとするので、呆れたように立ち上がって引き出しから一枚、券を取り出して二人に見せる。
そのときの足の動きを二人もしっかりと確認する。
軽く引きづっているが、歩行には問題なし。
「芝居を見に行っていたの。終わった後は夜風に当たりたくて、少しの間一人でいたわ。さんざん警察にも訊かれたんですから」
半券の日付を確認すれば通報があった日と一致する。
お転婆そうな顔をちらつかせた夢子は陽之衛を一瞥して菓子をつまんだ。
「ではそのときに足を切られたんですね。証言されていた犯人の特徴は背が高くて男性だったと」
「ちょうど明かりがなかった場所だったし、その日は新月だったから辺りも暗かったの。だからそれくらいしかわからなかった。でも物音がして振り向いたら犯人がいたのよ! 怖かったわ、いきなり転ばされて、そのまま足を……」
包帯の巻かれた左足はまだ痛々しい。
瑞兎は話した内容を手帳に書き込み、陽之衛の方を横目で見た。
神妙な顔で菓子を頬張っている。やはり気になるのは傷が小さいことだ。
入院せずに自宅で療養しているという点も最初のかまいたち被害者とは違う。
違和感、というにはもっとわずかな感触のなにかが瑞兎の脳をピリピリと痺れさせた。
もし第二のかまいたちが模倣犯だとしても、どうしてこんなに軽い傷しか残さなかったのだろう。
将志郎を陥れたいなら、もっと手ひどくした方が効果があるはずだ。
失礼だとはわかっているが、もう少しよく観察してみるとあることに気づいた。
(ふくらはぎのところになにか跡がある? 絞められたような、よく見たら腕にもあるじゃないか。どういうことだ?)
しかし今回の事件とは関係のなさそうな痕跡だ。
問うべきか迷っている間に陽之衛が割り込んできてしまった。
「でも貴女は将志郎に襲われたと思ってないよね」
「当たり前でしょ。むしろあの方だったら大歓迎です。通報なんてしないわ」
「だったら現場にあった将志郎の私物は何だったの」
「それは、最初は私がいただいた物かと思ったわ。だけどどこにも落としていたなかったのよ。こっちが聞きたいくらい」
「いただいたもの?」
「想いを告げたあと、私がはしたなく泣いてしまったから由良様は気を使ってくださったの」
夢子は再度引き出しの方へ行き、小さな箱を持ってきた。
開けるとハンカチが入っている。
陽之衛はじっと観察したあと、瑞兎へ向けて首を数回縦に振った。
どうやら親友の物で間違いないようだ。
だが瑞兎は眉をひそめた。ここにも将志郎のハンカチが残っていたとなると、ずいぶんと枚数が多い。
「現場にあったものです。いえ、それどころか将志郎さんが疑われ出した後に起こった事件現場のすべてにこれに似たハンカチが置かれていました。夢子様、貴女が彼の持ち物だと証言したのですね」
「だってそうだと思ったから! まさかあの方が犯人に疑われるなんて想像もしてなかったのよ……」
陽之衛は会話を聞きながらうなじを軽く掻いた。
逡巡の様子だったが、紅茶を飲み切り突然席を立つ。
会話はまだ続いていたというのに、いきなり切り上げたことに瑞兎も困惑を向けたが、陽之衛の口角が上がっているのに気づいてすぐに姿勢を正した。
どうやらなにかを掴んだのか、それとも思いついたのか、これ以上ここには用はないらしい。
つま先が床を叩いているのも早く帰りたいと訴えているからだ。
「そのハンカチをお借りしても? 調査に使いたいので」
「え? そんなことで犯人がわかるの?」
「さぁ。俺たちは犯人を捜せとは言われてませんので。本当にかまいたちがいるかどうかを調べてるんです。オカルトの調査専門ですから」
「なによ、それ。そうね、返してくださるときちんと約束してくれるなら構わないわ。でも貸すのはお隣のお付きの方に。貴方は信用できません」
「か、かしこまりました」と瑞兎はハンカチを受け取る。
やはりとくに何の変哲もない布きれだった。




